Author Archives: administrator
先日の小林店長の Diary を読み、自宅の縁側にて再び心から寂しい気分となりました。在りし日に友人の松澤 匠くん 【 後述1 】 が連れてきてくれた頃 ( 当時は LAILA VINTAGE ) から既に窓の外で生い茂っていたヴァージニアクリーパー。それから時を経て私が LAILA でお客様をお出迎えする立場になってから既に10年以上経ちますが、外を見れば常にそれが在りました。春が近づけば葉がつき始め, 気温の上昇と共に茂り, 夏の終わりから枯れ始め, 徐々に紅葉し行く末枯れ, そして再び緑が息吹く。移ろいゆく四季を明確に現わしてくれ、何より常に穏やかな気持ちにさせてくれた “ お向かいさん ” が無くなってしまうという事実は、宇多田ヒカルの新譜 【 後述2 】 との出逢いで幸せな気分であった私を一挙に悲しみの渕へと沈めてくれました。まずは LAILA VINTAGE の宮本店長が “ どうやら… ” と教えてくれ、その後に界隈の情報通のお方が教えてくれたことで疑惑は確信へ。お向かいさん、並びに向かってその隣がどうやら商業施設の類へと生まれ変わるそうです。
SURR はその立地ゆえいわゆる極めて入りづらい空間なのだと思います。しかしながら御入店頂くとお客様の中にはゆっくりお過ごしくださる方がいらっしゃるのですが、考えてみるとお向かいさんの景色, ヴァージニアクリーパーの色や空気がその大きな要因になっているのではないかと思います。そして何よりもお出迎えする我々にとってその景色は常に大きな心の支えでした。SURR においてまず大切にしていることはお客様方に可能な限り豊かなお心持ちでゆっくりとお過ごし頂く事でして、そのためにお出迎えする我々自身が豊かな心持ち, 立ち振る舞いを行うことを信条とさせて頂いているのですが、考えてみるとその信条を築くこととなった要因の一つはヴァージニアクリーパーの粛々とした生命力 だったのかもしれません。
私自身は基本的に楽天的であり悲しい気分も割合すぐ切り替えることが出来る, 意識的に切り替えるようにしているのですが、この度のさよならはあいにくながら不可でした。LAILA が設立して 16 年目。その期間だけでもこの界隈は様々な変化がございましたし、そもそも昨今は都心部各所で大きな変化が訪れておりますので、本件もその一つなのだと思いますが、まだ寂しい気持ちは消えそうにありません。しかしながら楽天的かつ前向きを個人信条としておりますので、限りあるお向かいさんの風景を楽しもうと思います。はてさて、極めて私的な綴りとなってしまいました。お目汚し失礼致しました。

【 後述1 】
『 ドメ、LAILA って店があるらしいぞ 』 そう言って私をヴィンテージの世界に誘ってくれた人物、松澤 匠くん。それまで古着という文化しか認識していなかった私は、ヴィンテージという文化に衝撃を受けそれを志し現在に至ったのに対して、彼は役者の世界を志し現在に至っております。悪い意味ではなく用事が出来ないと連絡を取らないのでそういえば全然会っていませんが、私は定期的に彼の姿をテレビなどで拝見しており おっ匠ちゃんじゃん などと独り言ち、彼が Aスタジオ に出た際、鶴瓶さんにどんな話をしようかとイメージトレーニングしているのです。
霧ヶ峰50周年ムービー「僕の人生に吹く風」【三菱電機公式】
なお、先々公開の映画 『 SUNNY 強い気持ち・強い愛 』 に御出演だそうです。皆様ご興味くださいませ。
【 後述2 】
私はタワーレコード渋谷店が大好きでして、定期的に素敵な出逢いを求めては訪れ、いわゆるジャケ買いをしております。その日 6/27 は敬愛する 現代音楽家 Nico Muhly の新譜がございましたので意気揚々とレジに向かいましたところ、カウンターの上に 宇多田ヒカル の新譜が鎮座しておりました。その時は時差ボケ【 後述3 】でややばかり朦朧としていたこともあり、気付かぬうちにジャケットを眺めていたようでして、おもむろにカウンター内の店員さんが 『 そちら、本日発売です 』 とおっしゃられたのですが、その後に続いた一言に私の心は射抜かれました。 『 宇多田ヒカルはデビューアルバムが 「 First Love 」だったのですが、20年目に発表したこちらが「 初恋 」 というタイトルなんです 』 短くなく長くない、単純かつ明快で、純然たる真実に基づくご説明。 “ これこそまさにお客様に御提案するという意味での接客だ ” と私は本当に感動致しまして、購入させて頂きました。
これまで彼女の曲をしっかり聴いたことが無かったのですが、素晴らしい才能をお持ちの方だということを今更ながら知ることが出来ました。沢山聴いております。個人的には 「 嫉妬されるべき人生 」 が好みです。曲自体もちろん魅力的ですが、 嫉妬されるべき人生 という言葉の響きに大変な渋みと凄みを感じずにはいられません。
【 後述3 】
先日、新たな出逢いを求める旅より帰国致しました。今回もヨーロッパにおける観光的な意味合いでの御報告はございませんが、SURR においての御提案という意味合いでの御報告は喜ばしいことに沢山沢山ございます。トップメゾンにおける当時の挑戦的創造や、お披露目のため創られた純粋な1点もの【 後述4 】、意欲的なメゾンの姿勢から生まれる秀逸作、一つの区分においてそこに属していながらもくくり切ることのできない歴史が生んだ不確定的要素【 同後述4 】、個を明確に感じるアンティークピース / ヴィンテージピース、製作者不明な圧倒的才覚の品々など。 “ 誰にも気付かれることはないんだ。自分のものにしてしまえ ” という孤独な悪魔のささやきに幾度も打ち勝ち、無事日本に連れて帰ってまいりました。従来通り、 SURR の空間にてお客様に御披露目するに相応しい最終段階の様々を経まして順次御提案させて頂きますので、御期待頂けましたら幸いです。
【 後述4 】
つきましては近々、先日の旅で出逢えた第一陣のお披露目が叶いそうです。今回は自然な出で立ち,居様とご認識される品々かもしれませんが、その実それぞれにモードの本国, フランスならではの要素と魅力とそれぞれ異なる骨太な求心力を備え、現代に生きる皆様のレッグラインを秀逸に彩りお愉しみ頂けると信じて止まない布陣になることと思います。追ってご報告させて頂きますので宜しくお願い申し上げます。
SURR by LAILA 福留
03-5468-5966
[email protected]
//

New arrival, early00s Dries Van Noten red selvedge indigo jeans, limited piece
ニューノーマルという言葉が飛び交っている今日ですが、ワードを拾い上げるとどうも恥ずかしくなるのはわたくしの悪い性格。当然、ノーマルに愛せよとも申し上げませんし少しばかりエゴを置かせて頂けるならば、某米国王者の正統的レッグラインを知る者にこそ、アントワープ鬼才の此の仕事というのを慎重に御潜考頂きたく存じます。昨年末のエントリーより心を奪われている同社製ジーンズ、今シーズンも引き続き。

New arrival, early00s Dries Van Noten double-breasted cotton trench coat
天然木綿による組成、美しき塩色。
論を待たず、素晴らしい外套で御座います。

90s J.M WESTON full-brogue shoes
メゾンが美しさの先を見出そうとする世界と同義、こと、レザーシューズではブローグによる意思表示。なにを以て履物を選択するかは自由で御座いますが、ハウスの美的結晶,ブローグの敷居の上では、ラストのフィッティングやらナンバリングやらトゥのフォルムやら巷に充満している各情報より先行する視覚的、圧倒的な “ 美しさ ” 。何故、このブローグが美しいかを外枠から中核まで深く理解し、とにかく履く。その習慣的痕跡を、“ 履き皺 ” として保存させていくプロセス。粋ではありませんか。

New arrival, 90s-early00s Dries Van Noten pure cotton shirts
釦の大きさ、カラーのフォルム、裁断、運針間隔、整えられたフィッティングバランス、ダーツの位置。
おそらくは、ちょっとしたことなのでしょう。良きシャツで御座います。

New arrival, early00s Dries Van Noten military basis, superior cotton shirt jacket
ミリタリーへの深い愛執というのを感取できる作品は、90年代から現在まで一貫された同氏の中軸的表現スタイルであるように思います。プレタの世界で其の深い愛執というのを注ぐに注いだ痕跡を垣間みれる瞬間たるや、あるいはより厳しい視線をより細かいところまで落とす試みも、必然に。ファッションを愛する慎重な男たちを虜にし続けるその振り幅の自由度と厳格な制限性との均衡。本作もまた。
SURR by LAILA 小林
03-5468-5966
[email protected]
//
美しい四季があるこの島国において、季節を感取するタイミング/モノ/コトというのは皆様其々と存じます。弊店においては、それはおおかた植物で御座いまして、4面の窓から覗くバージニアクリーパーの移り変わりこそ、四季を感取するタイミングと、常日頃,通年を通して愉しませて頂いておりました。それは私どものみならず、道往く人々も同様に、時折写真に収めていく方も多く見受けられます。2階の窓からそんな姿を目撃しますと美しさの共有とまで大袈裟に申し上げませんが、少しばかり嬉しく思うのも正直なところ。春には花を,ときに果実を実らせ、小鳥やイタチの親子(おそらく)が様子を伺いに集まる。梅雨の雨と夏の日差しを浴びて緑力しく生い茂り、秋には焦げた褐色を帯びる。厳しい冬の寒さでは生命まで凍らせないように力強くツルが絡み合う。それらは「情景」として見事に成立する四季の凝縮で御座いました。


バージニアクリーパーが永くに渡り保存されてきた向かいの建造物を含む、一定域の区間が撮り壊され、新たな商業施設(聞くところによると)が建築されるようであります。7月初旬よりその工事作業が開始されるようでありまして、まもなく、着工されるとの事。わざわざここで綴らせて頂く内容では御座いませんが、4面窓からの景色というのが大きく変化することは、それらを心から愉しみ、あるいは心の栄養を頂いていた私からしますとワールドカップで開催国ロシアがスペインに勝利した歴史的トピックスよりも大きく、米朝国際進捗より気にかかる内容で御座いました。誠に勝手ながら。
正直申し上げまして、哀しいの一言に尽きます。それは隠す感情でもありませんし、カレー屋で愛すべきパートナーに突如別れを告げられるように隠せる種類の悲しみでもない、率直な感情で御座います。しかしながら、難しいことはなにも分かりませんが、街の移り変わり、発展、あるいは其々における「成長」という概念性においては、北青山3丁目にとって必要な成り行きやもしれませんし、より良く、成る、ことを切に祈ろうと、夕暮れ時、初夏の此の頃にまた眺めているわけであります。
上述の通り、わざわざここで綴らせて頂く内容では御座いませんが、弊店にとって此のバージニアクリーパーは視覚的魅力、それ以上に、なにかもっと深く、熱く、おおきな存在で御座いました。我々が、1点物という特性が強いヴィンテージピース、メゾンの大作、100年前のリアルクロース、名も無き傑作達を、想いを込めてシャッターを切るのと同じように、そして文章と写真各カットを保存していく作業と同じように、誠に僭越ながら本文を迎えております。そうはいってもアンチテーゼのように何かを申し上げたいのでは当然なく、わたくしと同じようにこの窓から覗く景色を気に入って下さるお客様へ勝手ながらご報告とさせて頂いております。何が建つのでしょうね、と期待を寄せながら。また弊店では椅子もご用意致しておりますので、緑ある内、ときに避暑地代わりに、ゆっくりと御過ごしを頂けましたら。引き続き、皆様のご来店を心よりお待ち申し上げております。










2018/7/2 17:40
SURR by LAILA 小林
03-5468-5966
[email protected]
//
我々が “ アントワープ・シックス ” に成ったのは、皆が共通して衣類の歴史や伝統を重んじると共に独自の野心と創造力を持っていたから この言葉をまさに現わすピースが、この度お披露目した Dries Van Noten の新作群には幾つもございます。
これまで Dries Van Noten は 90 年代のみを御提案してまいりましたが、 ( 人知れず告知無く ) SURR にとっての焦点年代を改訂させて頂きました今期より 00 年代の初期も我々の区分とさせて頂きましたことで一層に色濃く映ることとなってくれた、氏なりの衣類の歴史や伝統を重んじる姿勢と独自の野心と創造力によるコントラスト。


海上という時に過酷な環境で従事する人々のための強固なダブルブレストとラペルサイズという着飾ることを目的としなかった設計に、鮮やかながら品位に溢れるイエローを朴訥とした上質な綿で構築する選択感性と、レイヤードを模した目が覚めるようなホワイトカフスの独創性。 French military pea coat ≠ Dries Van Noten


過酷な環境において身体を包む, 守るという純真無垢な目的によっての設計を限りなく忠実に受け継ぎ、その時代だからこその素材選別によって実現した似て非なる男性像。何より何よりその素材に対する探求心あってこその何にも代え難い和名:茄子紺, 英名:Eggplant という名の極上繊細色の静かに強大な存在感。 French military M64 coat ≠ Dries Van Noten

想像と創造が叶う環境で育ち豊かな環境に身を置いていたからこそ、何より外的要因と内的要因に豊かな心を育てたからこそ成しえる着地点。今なお美しい氏の表現が、なぜ今なお美しいかを証明する品々です。
SURR by LAILA 福留
03-5468-5966
[email protected]
//

















Newarrival
early90s 〜 early00s
Dries Van Noten
6/29(金)12:00〜 御披露目
SURR by LAILA 小林
03-5468-5966
[email protected]
//

ムッシュが表現するプレタの世界でさぞ当然かのように選択されてきたテーラード。左岸に馴染むよう設計された構築性、力強い男性美より流れるような美しいフォルムを愛してきたパリジャンの心を掴んでは離さないアームの輪郭線、すとんと落とすような外枠、心地よくなびく着丈。セーヌ川を歩く後ろ姿を捉えるだけで認識できるほど公衆的に認められたそのテーラードというのは、今現在でさえ美しい造形のひとつであると喝采を浴びるムッシュのテーラードであり、呼吸をするように袖を通す彼らの男性像を護る、実践的な上着で御座います。
同様に、ムッシュ統制下におけるプレタの世界でさぞ当然かのように選択されてきた極上のウール、とろけるようなシルク、何より、精選された御素材の中で稀有ランクなるものがあるならば疑いもなくトップクラスに入るであろう “天然木綿” による構成。ロバートレッドフォードがウエストエッグで優雅に着ていそうな具体性と「オールドスポート」と聞こえてきそうな20世紀傑作の想起点は、まさに純然たるホワイトテーラーであり、純然たるシアサッカの精選でありますが、それでも尚、時代性や象徴性やらが無関係に、あるいは左岸に馴染むよう設計された構築性,2つ釦,ノーベンツ,計画的なダーツ,力強い男性美より流れるような美しいフォルムを愛してきたパリジャンの心を掴んでは離さないアームの輪郭線、すとんと落とすような外枠,心地よくなびく着丈。禁酒法時代のビールではなくブルゴーニュ産がよく馴染む実相こそ、いくつかの仏的セオリーを通過した(あるいは同氏が形成した)見事な表現であると。




そのうえ、ここまで純然たるサマーテーラードというのは。

mid70s Yves Saint Laurent , cotton summer tailored jacket
ミアファローが居らずとも、一夏の物語に。
SURR by LAILA 小林
03-5468-5966
[email protected]
//
素晴らしき御縁。
ご年齢,職種,一切問わず、全ての紳士に。

Newarrival
1996s HERMES
Sac à Dépêches
SURR by LAILA 小林
03-5468-5966
[email protected]
本作は、6月23日 ( 土 ) 12:00より御披露目と致します。
弊店の取り扱いは全て1点ものとなり、これまでの御提案で光栄にも幾度かお問い合わせが重複した経緯から、当日のお問い合わせに関しましては、順にご回答とさせて頂きます事、御了承の程をお願い申し上げます。
皆様の御来店を心よりお待ち申し上げております。
//
独自に根付いた歴史を辿りましても,辿らずとも、我々の箇条書きにした計画リストの最上列トップに存在し続ける其の貫禄というのは、「イタリアの風」というテーマを決定させた瞬間から必然的に存在している貫禄ですし、北青山の小さなヴィンテージショップの勝手なテーマが閣議決定されるずいぶん前から王者として君臨し続けている、其の、貫禄で御座います。しかしながら素晴らしき70年代の紳士服など仮にリストアップをこなしたところで邂逅など容易く叶うはずもなく、朗報を座して待ち続ける日々から約4ヶ月ばかり。TomFord氏の情のかけらもないほど容赦のない美しい造形というのは自明の事ですが、上質な色気を支配し、最上の品質を保ち、正統性すら包容するグッジオの真髄というのを直接的に,明確に,そして濃厚に感取するに好適であろう70年代。某ミリタリーフライトピースを資料に設計された各所、余分な肉を削ぎ落とした造形は現代のオーバーイズムには馴染まず、匿名性によって抱擁された見事なコントロール。1921年フィレンツェのブティックからすべてが始まった「最上の伝統を最上の品質で」という熱いプラカードは本作でも証明されたように、紡ぎだされたふっくらとした綿、強固で滑らかなパーツ、純真無垢なリバーシブルという2面性、イタリアを象徴するスポーツシステムの採用(主にポケット)そして資料に敬意を払うように精選された美しい “ 色 ” と “ 色 ” については、ここでは控えておきます。
片面が、情熱色という事実も。
其の貫禄、70年代後期、グッジオ・グッチ。
18ssシーズンテーマ「イタリアの風」に乗せて。


New arrival late70s GUCCI reversible sport jacket
SURR by LAILA 小林
03-5468-5966
[email protected]
//





紳士服飾史を辿れど、ここまで優雅で端麗でエレガントで鮮烈な世界を閉じ込めた衣服というのは存在しないだろうと慎重に省察を進めます。そこに語弊が混じるとするならば、ミラノコレクション史を見事に彩らせるMissoniという強力な存在ですが、あの絶望的に美しいテキスタイルの編集性というのは比較してどうこうというレヴェルではない確立的存在であろうとこちらも慎重に省察を続けます。
当時の活動期間は82年〜92年の僅か10年間。ステッチの糸1本における配色から全体のカラーバランス、トーンバランス、テキスタイルキープまで、実際的なその全てを統制,管理,統括指揮していた鬼才、Olmes Carretti氏をメインパーソンに配した同社クリエイションというのはぐうの音も出ぬほど素晴らしく、洋服を着るという単純な物理的行為を超えた何かもっと深く重たいものを1枚のtee shirtにすら感じる具体性、洋服でありながら美術的作品性という因子を実態として感取する,感取せざるを得ない強力な訴求力を備える、しかしながらMissoniと同位置でイタリを色彩の国へ押し上げた立役者というわけでもなく、ミラノコレクションを彩らせたミッドフィルダーというわけでもなく、確実に斜め上をゆく孤高世界、「Best Conpany」から送り出されたお洋服というのは時代性やらカルチャーやらが果てしなく遠いところに感じるほど美しく偏執的なテキスタイル、色彩、刺繍技術、上述のそれら以上に確認できる圧倒的 “ 質の高さ ” こそ、皆様に是非とも、御賢察をいただきたい引き続きの熟視点で御座います。

80-90s Best Conpany tee shirts , design from “ Olmes Carretti ”
おそらく人類が、季節問わず最も多く着用する衣服であろうtee shirtという区分。
しっとりと油分を含んだようなコットン、頑丈なリブの厚み、カラーコントロール、一貫されたイタリ本国生産と綿密な計画、1着に命を吹き込むようにフィニッシュされたネックの手縫いステッチは各作品ともに選定される糸色は異なり。
5枚の出逢い。この機会に宜しければ。





SURR by LAILA 小林
03-5468-5966
[email protected]

//

久しく、久しく、Newarrival(お洋服)で御座います。
わたくしが愛してやまない某デューティーギアの中で最も情熱を傾ける80年代2ワラントに加え、3種の美しきテーラー、素晴らしい,素晴らしい,素晴らしい配色とテキスタイル群、ミリタリーの省察、某社カスタムピース、76年“H”の傑作。

90s Best Company short sleeve shirt , amazing textiles

early90s Edward Green , semi brogue shoes

50s French military paratrooper trousers

and more


90s Best Company tee shirts , amazing textiles

意は尽くされたかのように溶き解され、母国PRリズムにより一層と既視感の強い本作と思いますが、どこをどう解釈しようと実践レヴェルでは最強であり最高であると此方も改めて。田舎くさいパブで「Oh! Nice jacket!」と酒浸りの老人にアプローチされ兼ねないとはいえ、都会の小世界でもやはりNice jacketなわけであります。私物の1着は約10年情熱の火を絶やさず本日を迎えているので、おそらく今後ともMy Nice jacketとしてポジションする事でしょう。そのように思います。

80s Barbour two warrant oild jacket model “ Beaufort ”

60s British linen three button tailored jacket

mid70s Yves Saint Laurent , cotton summer tailored jacket


early70s Burberry cotton short coat , personal custom piece

1976s Hermes leather belt


late70s Yves Saint Laurent , wool tailored jacket
いずれも、明日6/16(土)12:00よりお披露目と致します。
皆様のご来店心より御待ち申し上げております。
SURR by LAILA 小林
03-5468-5966
[email protected]
//
北東アフリカに位置する南スーダンのナイル川流域のバハル・アル・ガザール地方をフィールドに居住するディンカ族。そのライフスタイルの大部分は季節の変化におおかた依存しており、雨季には定住し農作物を育て、乾季には川辺を畜牛の群れと一緒に流浪。とりわけ家畜である牛との関係が密接である民族であります。同国内に点在している民族の中でも 壮麗な黒肌をもつディンカ族には、装飾欲や美意識の概念が強く、男性/女性としての美しさを引き出すため、また民族への帰属、農業の豊作への祈り、家族繁栄の祝福など様々な理由からジュエリーを身につける習慣が御座います。その美しい肌色をより明確にするため女性たちは色彩豊かな個体を好み、または豪壮な土埃、精強な牛角という生活環境に適合させるため、丈夫で柔軟なアルミニウムを採択したり、勇敢な紳士達はバングルをきつく絞めることによってできる腕の膨らみをシンボルに。(実演、見事に叶わず)

厳格な英国の審査も、仏が提案する官能的なフォルムも、ビックメゾンの是認もなく。50年代頃作成された情報と僅かな量の事実、現代でゆっくりと敷かれたアウトライン。現地においては多種多様な美的感覚と様々なオリジナルの概念が存在する中、フォーマットがどれか、ステレオタイプであるか、デフォルマシオン的美術表現は正しいのか(客観的賢察において)追求の余地と歴史的奥行きは確かにあるものの、引き続きご提案としては同様に。

匿名性に包含された佇まい、スケッチのような平面性、歪んだフォルム。人懐こいあたたかみと、つるりとした非現実的な触れ心地は、ブルジョワへ向けて製作された高級性やマーケットへの提案でもなく精選に至った無垢アルミニウムの強力な訴求力と、120%手仕事による言い訳のない温度。産業革命を背景に部品やガラクタで器用につくられた工場副産物のようであり、一方で、人間の精神の奥底にある複雑さと豊かさを自由に表現しようとした「これはそう戦後仏のアンフォルメル的芸術品であります」と謂いましても解釈によっては外してはいないように思います。あるいは「コンセプチュアルアートへの皮肉」若しくは「モダニズムアートへのアンチテーゼ」どんな名前を付けようと構わないのですが、バングルをきつく絞めることによってできる腕の膨らみがなくとも、困った女性を救える精神さえあれば勇敢に生きていける世の中と、改めて。

about 50s Dinka Tribe handmade aluminum bangle
SURR by LAILA 小林
03-5468-5966
[email protected]

//
いついつの年代、どこどこのメーカー、だれだれの作品、それらの情報というのは「過去の真実」を紐解くにあたり(少なからず)マストファクターであると同時に、ときに個体そのものの魅力を覆い隠してしまう因子でもあると、常日頃と、注意深く、物事をみるように致しております。とはいうものの、覆い隠すという表現がコレクトならば、本質的魅力が消滅するわけではなく、むしろ造形の美しさや本来的色香を増幅させる栄養剤となり得る情報かもしれませんので因子などと描写するのは語弊かもしれませんし、“だれだれ”まで特性できた個体であれば、“だれだれ様”にも失礼なわけであります。兎に角ここで申し上げたいのは、本質的魅力が仮にも覆い隠されてしまう “前に” 物体としての実相と対面頂きたいのです。
こと、「ジュエリー」に関しては。
というので、哀訴嘆願と叶うに至った、“ 匿名造形(アノニマス・ジュエリー)” という世界は、まさにそう、我々のエゴの集体的編集であります。なにかの習慣、なにかの技術、なにかの想いに包まれた造形というのは、誰の評価も、どこの栄誉も、服飾史的記述も必要とせず、手のひらに乗せた肉感と手応えこそ、すべてであります。
一方で、「過去の真実」を紐解くにあたり、なかには匿名性として包まれた正体に近づく情報を追跡/ほんの一部分のみの片鱗を獲得した個体も御座いました。そうはいっても、匿名性に内包された痕跡や光に過ぎない情報でありますし、ハウスを特定したとてミステリアスカーテンに包まれた個体も当然ながら。あらゆる角度で、尺度で、第七感で、長期的関係を築くに値する個体であると御選定を頂けましたら、それが仮にもフィジカルな訴求力と圧倒性のみを有する砂漠のなかのダイヤモンドであったとしましても、あくまで匿名点。群衆に紛れるように、Keep a low profileの心持ちがコレクト。紳士の心得として。控えめに、目立たせず、さぞ、当然のように。

New arrival from Finland

New arrival from Denmark

New arrival the mining sites
SURR by LAILA 小林
03-5468-5966
[email protected]
//






かねてより SURR では背景や組成などが特定できるジュエリーや刻印という名の看板を背負っているジュエリーなどと対極に位置する、製作者や時にその意図すらが不明な匿名造形品を “ アノニマス・ジュエリー ” として不定期で御提案してまいりました。装飾品や造形品に限らず、前者にはそれぞれの専門家が大なり小なり存在するため、その御縁の恩恵によりある程度安定したセレクションが叶うのですが、後者のアノニマス・ジュエリーは基本的に専門家と想える人々がおらず品々は世界中に分散しているため、それらとの出逢いは真の意味で砂漠から一粒のダイヤモンドを見つけ出すようなものだと、私は感じております。
この度お披露目が叶いました新作, 匿名造形の数々。このような編集を行わせて頂く事は実を申しますと、 SURR にとってささやかながら明確に “ 挑戦 ” です。製作者や時にはその意図すらが不明であり、いつの時代に生まれたものかという判断も品によっては素材感という不明瞭な要素を基準にしなくてはならず、我々の基準においては極めて強い求心力を有すると共に危うさも伴う諸刃の剣。そしてなによりも砂漠のダイヤモンドゆえに編集に踏み切れるほどの構築が叶わず、結局のところ着想から実現まで2年という歳月が必要でした。

Newarrival, 匿名造形
なお、感じて考える時間はたっぷりとございましたので、最終的に “ 匿名 ” という概念を拡大するに至りました。製作者や背景不明という純然たる匿名性のみならず、匿名力のある装飾性や、伝統的かつ不変的であるがゆえ逆に匿名性を有することとなったモチーフ, スタイルなど。あくまで我々の基準ではありますが、この度の “ 匿名造形 ” という表現にて編集させて頂いております。もし御興味頂けましたら引き続き純真無垢な眼にて捉えて頂き、僅かでもお愉しみ頂けましたら幸いです。
SURR by LAILA 福留
03-5468-5966
[email protected]
//
森林,野山,平原,地中,木々、あらゆる自然環境に衣服を投下。生物との共存、天水や自然光の恩恵。あるいは自然の猛威という厳しい環境直下での洗礼を受け、その1年後(長くて3年)、収穫をする。収穫した衣服というのは生地の触れ心地や、包まれた陽光の香りにとどまらず、圧倒的ともいえる “精彩” を獲得しており、それはまるで絵様のような美しさである。視覚的魅力として、自然界における四季や風、あるいは成長というものが衣服その1着に保存される。
また洗礼により瑕疵/変調が生じた衣服は、ひとりの女性がすべて手縫いで修繕/補修をする。
このようにして、1着に生命が与えられる。
上述の一連が、KARIM HADJABにおけるメインクリエイション「4Saison」であります。仮にも同一の個体,同様の自然環境,同じタイミングでの投下,同等の条件をパスしたとしましても、不規則的な自然環境下においては等しい “成長” というのは決して叶わず、詰まるところ、究極的な「個」が獲得されるわけであります。因に、同等の条件にて(個体は違えど)行った実例が2着のみ御座いまして、袖を結び合わせ自然界へ投下。片時も離れず、生物の享受も、容赦ない天災も同じく。しかしながら,当然ながら、収穫後は個体として飽きれるくらい鮮烈な差異、驚くほど “不等” で御座いました。同環境下で成長を遂げたという意味性もあってか、氏はその2着を「双子」と称しております。内省的な彼らは店内の何処かにひっそりと息を潜めておりますので、この子か、と視界に捉えた際は、どうぞ対話をお愉しみ下さい。
コレクト/インコレクトの法令下とは全くの逆方向で成立する世界。正解/不正解がなく、制限がなく、自由があり、しかし孤高であります。ありえないほどの独立性。Argileにおいても完全的個体性というものは確立され、平たく申し上げましても同等同個が有り得ない。しかしながら “同じようなトーン” でありましたら “近しい彩色を具有した” 作品というのをご紹介させて頂くことは叶いますが、4Saisonを通過した個体というのは、内包された意味性それ以前に、視覚的魅力が全的に,新鮮に,不規則的に,宿命的に保存され、故に “同じようなトーン” という漠然性が存在し得えず、 “こう在るべきして在る” 運命的な美しさを強く感取致します。











わたくしのクローゼットに迎え入れたファーストピースも4Saisonの1着で御座いました。ほとんど、といって差し支えないほど日々お世話になってまして、4saisonに加え「2face」という2着の50sウェイタージャケットを裏表で縫い合わせたリバーシブルクリエイションですので、考慮を払いましても凄く分厚い。コットンなのに分厚い。夏に着用するととても暑い。しかしながらコットンという御素材に絶大な信頼と敬意を憶えるわたくしは真夏でも何を考えているかわからない目つきで着用するわけです。夏場には10日に一度ぬるま湯で洗濯。タンブラー(儀式のようなもの)。裏表あるのでポケットは8つ。ドロドロのキャラメルとムービーチケット、2年前のティッシュ。そしてこの機会にご縁があり、2人目を我が家へ迎え入れたわけでありますが、こちらはシングルのカバーオール(論を待たずコットン)ですので、毎日しっかりとした目つきでお世話になっております。そのように習慣化致しますと、KARIM HADJABの服という感覚が消滅し、どこの自然環境に身を置いただの(この2着に関してはわたくしも知らない)その過程すらも意識から遠のき、習慣物としての決然とした “手応え” のみが残ります。それはときに脱いだときの皺として、襟の擦れとして、チェストポケットの溶けたキャラメルとしておおかた具像的になり、強力なリアリティを帯び、収拾がつかなくなるほど可愛くてたまらなくなるのです。女性は遠のきます。
SURR by LAILA 小林
03-5468-5966
[email protected]

KARIM HADJAB , 4Saison , base : 40s Frenchwork natural cotton coverall
p.s. 新作である此方は、天然インディゴによる染めを実行した後、4Saisonを通過した極特異点。 “精彩” をダイレクトに感じて頂けるほど鮮やかなターコイズブルーへ成長した個体。宜しければ。
//
「Karim Hadjabの表現でなければ」というだけの熱気がある。
1年間自然界に放置する。泥で染める。バクテリアに衣服を食べさせる。それらを治して(直して)着られるようにする。そこにもし、条理というものがあるのなら逸していると思うし、あるいは反しているのかもしれない。それにもかかわらず、氏の “表現と実現” というものには、極少数ながらヒトを強く惹きつける何かがあると思う。「Karim Hadjabの表現でなければ」というだけの熱気がある。わたしにとっては、Karim Hadjabという人物自身に強く心を奪われているから、という回答が、起因する理由の骨子であるように思う。
環境と資金があればわたしにでもできるのかもしれないし、トライするチャンスというものは皆にあるわけだが(簡単にはいかないというプロ・ロジカルな実際は非・前提に)、仮にも同等のクリエイションが、仏左岸の億万長者によるメゾン界を震え上がらせる前衛的な取り組みであったとしても、中東石油王の持て余した暇つぶしであったとしても、今をときめくファッションスターが「服を大切にしよう」とプラカードを掲げる資源演説的取り組みだとしても、少なくともわたしは心を動かされないと思う。たとえ別の種類の感動を憶えたとして、対価を払って着ることはないだろうと思う(根拠のない個人的の話だが)。氏のクリエイションは、どういう意図で、どういう種類のパッションで、どういった哲学をもって、どれほどの愛を注いで成しているか、とてもハッキリとしている。わかりやすいほど、深い。『 時を経た洋服は、まさに人間のように生きている 』など表面的に理解しようとしてもそうはいかない。そういう意味で、とてもクリアである。そこには、ファッションというこれからのあり方にとってのひとつの可能性が、もしかしたら潜んでいるのかもしれない。そうはいっても、KARIM HADJABというネームにもブランドにも(ブランディングというものがあればを前提に)クリエイションのみに惹かれているわけではない。例によって、Karim Hadjabという人物自身に強く心を奪われているわけである。根源的ともいえる氏の無垢な愛情と、深い情熱と、少年のような人間性と、女性を大切にする紳士性と、そして服への絶大な敬意というものに、見事に心を打ちのめされているわけであり、それらが総合的に凝縮された「表現と実現」に圧倒されるわけである。それは誰しもが持ち得る資質であると同時に、努力では決して持ち得ない種類の資質であるように思う。そこに感じる深い魅力というのも、無条件に等しい。そのようにして、強く惹きつけられるのである。Karim Hadjabというひとりの男性に。KARIM HADJABという紡ぎだされた創造に。同氏が愛情を注いだ衣服に。そしてそこには「Karim Hadjabの表現でなければ」というだけの熱気がある。
ヴィンテージが、ファッションが、落し所が、丁度良さが、スタイルが、既成概念が、SURRというフィルターが、それらの不確かな感覚や確かな性質による擦り合わせや検討や発信でもなく、ひとりの男性として “ 着たい ” と思えるだけの熱気が、わたしにもある。その想いや情熱というのを(結局のところ具体的な意見を持たずして)わざとらしく、仰々しく、本文において綴るというのは、青山3丁目の小さなお店からではなく、わたしの大きなエゴと偏見であり、極少数ではなく、少しでも多くの方々に触れて頂きたいという想いの顕れであります。それを混じり気もなく、加工もなく、塗装もせず、表現すると、いささか失礼な文体となってしまったことを最後にお詫び申し上げたい。
お披露目開始となった5月25日より、お越し下さった方、お手に取って頂いた方、試しに袖を通して下さった方、御選定下さったお客様、此の場を借りて、深く御礼を申し上げます。本当にありがとうございます。また、本会期におけるカリーム・アジャブ氏による KARIM HADJAB 名義作品の特別編集につきましては、引き続き、6月10日(日)までとさせて頂いております。弊店の分かりづらい編集点でありますので、僭越ながら今一度のアナウンスとさせて頂きます。擦れ合うご縁にでも感じて頂けましたら、幸いに思います。

KARIM HADJAB , 4Saison , base : 50s Frenchwork cotton coverall
SURR by LAILA 小林
03-5468-5966
[email protected]



comming soon
//
兼ねてよりご提案を続けてまいりました50年代あるいはそれ以前における、French work atelier coat という存在。就業時、自身の衣服が汚れないように、または来客時に仕事で汚れた衣服を覆い隠すため上から羽織られていた主な活用法でありながら、あらゆる場面に適応する実際力と驚異的な快適性から「完璧な生活着」として永い時代失われず,愛され,護られつづけてきた歴史的所産。膝付近まで覆うことができる守備要素と、僅かな留保すら叶わない軽快さ/驚くほどの軽やかさ、デイリーギアとして実践的なポケットの深さと完璧なポジションは、当時、多くの芸術家たちに愛され、作品制作時のみならず習慣的に着用されていたことから “ atelier coat ” として服飾史に刻まれるに至ったわけであります。
1950年代,フレンチワーカーのためにつくられた衣服というのは、希少性やらヴィンテージ的考慮を抜きにしましても、“本当に美しい仕立て” という見解は店頭でご説明させて頂いている通りで御座いまして、ダーツの入り方やらアームの振り方やらの実際的細部より, “着てなんぼの美しさ” という到達点も、店頭でご説明させていただいている通りであります。何も謂わず、先ずはどうぞお試しを下さい。と接客マニュアルが存在するならば第七章辺りに記載されていそうな文面ですが、特に、そう、コートに関しては。
しかしながらその絶大な魅力というのを必要最高峰の情報として頭の引き出しにそっと仕舞っておきながら、時にメゾンの強烈な美質にやられ、時に正統的気品に打ち負かされ、テクニカルトーンを放つ変態的個体にまんまと骨抜きにされ、そのようにして絶えず,重ねて,コートメモリという引き出しの容量は常にいっぱい。このような機会にメモリの奥から揺り起すに至るのはヴィンテージショップ一店主としては誠にお恥ずかしく、とはいえ心から有り難く、そのようなお話を先日お越し下さったお客様と相通じた時間というのもまた事実でありまして、兎にも角にも、素晴らしいわけであります。ミッドセンチュリー,1950年代、atelier coatというのは。余分な肉付きもなければ、余計な機能もない。ましてや当時、大変に稀少かつ高価であったリネンの占有率が高いコットン&リネンともなれば、私からは何も申し上げることは御座いません。接客マニュアル第七章を発動するわけであります。
このような機会に、感覚の揺り起しというのが決定的に行われたわけでありますが、そこに起因する理由の大部分が、謂わずもがな「Argile」で御座いました。カリーム氏が凝視する年代,ミッドセンチュリー,1950年代,フランス市民のための別称atelier coat。501bigeのレッグラインとまるで同じように備わる最高峰の“ノーマル”。マリ共和国の民間伝承を通過させることにより、天然色としての黒を手に入れただけでなく、完全的に浄化された風格というものは、“ 圧倒性 ” という言葉をもってしても程遠く、“ 超然的 ” という言葉でさえも手応えを感じず。そもそもこの会期に際して、私は「Argile」というプログラムに完全にやられてしまいまして、色調や視認できる個体性,独立性、完璧なる個性という要素のみでも十二分に魅力的なのですが、この色調というものは副次的産物にすぎない、と、(あくまで)わたくしは捉えておりまして、他クリエイションや、今現在のメゾンにおいてさえも確実に存在しえない「浄化」こそ、絶大な魅力であるように感取致します。氏の言葉を拝借するならば、それらは実際的に「生きており」、僭越ながら自身の言葉を置かせて頂きますと、「(限りなく)無垢な,衣服に,純化した」そのように憶うわけであります。故に、2つほど欲を謂わせていただくと、雑念なくフラットに向き合って頂きたいのです。そして触手を少しでも伸ばして頂けるならば、1点だけお好きな個体の袖を通して頂きたい。各作品にはブランドプレートや品質表示やらサイズ表記やらもなく、しかし購入する寸前まではKARIM HADJAB / argile / coat でありますが、手に入れていただいた瞬間にはそれらの情報というのは引き出しの奥底にそっと仕舞っていただき、例えばそれがatelier coatであれば「完璧な生活着」の実証とともに、ひとつの生命のように心から可愛がっていただき、末永く、恒久的に、愛情を注いでいただきたく存じます。誠に勝手ながら。

KARIM HADJAB , Argile , base : 50s Frenchwork cotton & linen atelier coat
SURR by LAILA 小林
03-5468-5966
[email protected]
//
初めて自分のものとして袖を通したその日はややばかり肌寒かったこともあってか “ なぜこんなにもふんわりとした温かさを感じるのだろう ” と瞬間的に想い、更に活動するうえで即座に “ 特出してなめらかな着心地 ” に気付き、極めて極めて驚かされました。発される体温を生地が, 糸がほど良くコーティングし、不快感皆無の温かみを保持してくれるこの感覚。骨格に併せて動きに併せて生地が滑りながらも心地良く付いてきて寄り添うこの感覚。 どこかで味わったことがあるぞ と記憶の引き出しを探ってみましたところ結びつきました。私が愛して止まないカシミアやシルクの感覚に。
マリにおいて伝統的な存在であり、日常に則した存在であり、様々な意味合いを有する染料としての泥。日本古来であり今や絶滅の危機に瀕している総天然藍染料と同じく科学的な要素を一切用いずに、気温の変化やそれに伴う微生物の作用によって採取した状態から “ 染料泥 ” へと変化するそれは、耐久性や快適性 ( 生活機能性 ) を目的に衣類を染め付けるだけに留まらず、アフリカにおいては胎児を守るために妊婦のお腹に塗られたりと、現実的であり複数の意味合いで有益であり、何より高尚な存在である染料泥。余談ですがヨーロッパにおいては高価なエステ材料として用いられるほどに肌に良い影響を与えてくれます。
“ 染料泥を塗布し・乾かし・洗い落とし・乾かす ” 全て手仕事によるこのプロセスを Argile クリエイションのほとんどの作品において7回、常に表情変化に配慮しながら行うことにより仕上げの洗いを経てもなお繊維の間にミクロで潜む染料泥の成分が前述のカシミアの如きシルクの如き心地良さの理由となります。
総天然要素による泥染めという文化はマリという土地だからこそ培われ、現存が叶いました。氏が “ 黒 ” を求め、呼応するように結実した Argile 。幾つかの氏のクリエイションの中でもなんと申しますか、決して 100 % 表現し切れている言葉ではございませんが “ 特出してダンディ ” な印象を私は抱いており、その充足感を胸に本日も着用しております。
旅にも連れて行きます。夏も着ます。と申しますか数か月前より Argile → 4Saison → 4Saison → Argile → Argile → Argile
→ 4Saison → Argile → 4Saison → 4Saison → Argile → 4Saison…と日々そんな感じです。
ダブルブレストのテーラードジャケットなどはいかがでしょうか?心の底から驚異的な熱量にて御推奨させて頂きたい一着です。背中がこれまたたまらなく、ボウモアロックが止まりませんこと、請け合い。


KARIM HADJAB , Argile , base : 50s Frenchwork double breaseted cotton tailored
なお、Argile は先々の如実な変化にも是非に御期待くださいませ。以下は私の一着でございまして、着用初日に雨風にどっぷりと晒されたこともあり即座に変化を感じさせてくれました。これまた背中がたまりませんでして、赤霧島ロックが止まりませんこと止まりませんこと。
SURR by LAILA 福留
03-5468-5966
[email protected]

//
– Argile –
カリーム・アジャブ氏が今現在、最も心血を注いでいるクリエイションである「Argile」
先日御掲載頂いたThem magazine様の記事が、要を得た素晴らしい内容で御座いまして(というのも上からの文言に聞こえてしまい失礼かもしれないが)「Argile」の実相につきましても、とてもクリアに御掲載を頂いております。しつこいようで恐縮ですが、下記URLにてリンクをさせて頂きます。
【インタビュー】Karim Hadjab as《APRÉS》
カリーム氏と過ごした時間を咀嚼し、目の前にある1着に熟慮を寄せる、僭越ながらわたくしは、Argileというクリエイションに対する考え方や向き合い方、直感的なインスピレーション等等を超えた、コントロールの効かない “ 情 ” のような感情を抱きまして、なんとも感慨に打たれた次第であります。もし私が宝くじを当てたら、御興味くださる全てのお客様に KARIM HADJAB をプレゼントさせて頂きたいと思うほど皆様と共有したい感情、私も同様であります。(連番買いましたが、数字一文字すら当たらず)

北アフリカは死海に沈殿している泥。“ 衣類を染める ” もしくは “ 身体に塗布し洗い流すことで綺麗にする ” という実際的に護られてきたその死海の泥と目的性は、習熟した行いのように浸透している現地民の伝統的習慣、ある種類においての民間伝承、謂わば、フォークロア。水分量を多く含むその泥というのは、限りなく黒に近いセピア色、“極”天然染料で御座います。ここでいう “ 衣類を染める ” とは “ 伝統的なる黒染め ” に値します。泥を衣服に塗布し、天然色としての黒を浸透させていくわけであります。カリーム氏のクリエイション「Argile」においては、この死海の泥を用いるわけでありまして、その過程において、あるいは事前段階において「草木染め」という行程を踏み、自然界より抽出した天然染料を栄養素のように衣服に注ぎ込み、黒染めが実行され、草木染料,泥の浸透具合や浸透箇所、天候や湿度の差異、様々な自然的要素/不規則的環境,状況により、完璧なる「個体色」を獲得するわけですが、視覚的には、ダークトーンのオリーブベースや、慣用色には名を持たない匿名的なカーキ色、濃密なミルクカラー、そして全体が広域かつニュートラルに濃縮された黒(確認できているのは1点)。それらには近しい3種の絵の具をドラマティックに混ぜたような濃密とも謂える深いコク、そして、あたたかな温度があります。近しいカラートーンが並んだとて全くを持った「同色」という完全性はなく,むしろ比較性を超え、完璧なる「個性」というものが保存された独立色。
何よりも美しいのが、それらに映える “ 色彩としての黒 ” で御座いまして、襟やラペル,袖口に静謐な表情で佇む黒、既成ルールなど無視、リバースして着用した際のあまりにも美しい対比色は、 “ 天然色としての黒 ” の強烈な存在感というものをノンフィクションで感取致します。その様というのは、造形が見事な額縁に収めてすらも成立するであろう美術的視点と、無垢な衣服としての機能が、完璧に近いほど共存していると、拙い言葉/言葉で恐縮ながら感慨に打たれたわけであります。

“ 身体に塗布し洗い流すことで綺麗にする ”
氏は、その意味性や言葉を超えたカルチュアに対する絶対的な敬い、あるいは限りなく深い尊敬、賛美すら抱いております。 “この泥を用いて” “衣服を染色することで” “綺麗にする” 。視覚的美しさや、完璧なまでのアイデンティティを認めること以上に、文化への誠実な敬意と、アナロジーではない力強い実相、概念性を遥かに超えた “ 衣服を綺麗にする ” という美徳、それらは自然的回帰の顕れのように感じますし、ある種類においての「衣服の純化」にすら感じます。実際的な意味でも、概念的浄化であったとしましても『 時を経た洋服は、まさに人間のように生きている 』という氏の無垢な想いに添う行いであり、ひとりの男性の憶いであり、何より衣服に対する不可侵なほどの敬意と愛情を感取するからこそ、これから先はおそらく、この1着を連れ添うことになるだろうと、宿命的なナニカと同時にコントロールの効かない “ 情 ” のようなナニカを深い部分で受け取るのだろうと、拙い言葉/言葉で恐縮ながら、やはり感慨に打たれたわけであります。

KARIM HADJAB “ Argile ”
1950年代の美しき個体をベースとした境地。品質表示,サイズ表記/サイズ展開はおろか、ネームプレートも御座いません。どのベクトルでどのように向き合おうと、どのアイテムで絞ろうと、どのような精選法を用いようとも、どのようにお選びになられましても、どのようなスタイルで着用されましても正解で御座います。
そして、オーナーとしてたっぷりと愛情を注げるような1着、そんな出逢いと成り得ましたら。僭越ながら、我々としましても至極幸福に尽きる想いであります。












SURR by LAILA 小林
03-5468-5966
[email protected]

//
本日、カリーム・アジャブ氏による KARIM HADJAB 名義作品の新作御披露ならびに特別編集を開始致しましたこと、ご報告させて頂きます。

従来と同じく氏のアトリエから我々の目線で選択した品々に加え、先日 LAILA TOKIO 1F で行われたインスタレーションのために氏が選んだ品々を幾つか預かることが叶いましたので、それらも加えた我々にとって至福な特別編集となっております。なお後者は期間限定のお取り扱いになりますこと御理解御了承のほどお願い申し上げます。

これまでもこれからも良い意味で難解な存在であり続けるあろう KARIM HADJAB の作品群。引き続き可能な限り沢山の皆様方にお認め頂きたいと心から切実に、驚くほど強く願っております。難解ではありますが一つ確かなのは 実際に着て過ごして頂かなくては御認識頂けない要素が多く、そしてそれは何よりも素晴らしい感情を喚起させてくれる と言うことです。もし私が宝くじを当てたら、御興味くださる全てのお客様に KARIM HADJAB をプレゼントさせて頂きたいと思うほど皆様と共有したい感情です。まぁ当たっておりませんが。買ってもおりませんが。
特別編集による当会期は 6/10 までとなります。皆様の御来店を心よりお待ち申し上げております。

KARIM HADJAB new collection exhibition 5/24 – 6/10
SURR by LAILA 福留
03-5468-5966
[email protected]
//
以下の文章は、先日LAILA TOKIOにて行われたKARIM HADJABの新クリエイション「APRÉS」Exhibitionのため、10日間来日していたKarim Hadjab氏と、密な時間を過ごすこととなった弊店ディレクターが、氏の来日中、頭中に浮かんできた想いをそのままの形式で綴った、謂わば作文である。極めて私的な日記のようなものかもしれない。というので、SURR by LAILAというショップのフィルターを通過させることを前提としてはいないセンテンスであり、ディレクターである福留が自分のために「記録」として保存していた内容であるので、上述の通り、極めて私的なプライベート要素と、彼の感情要素が多い内容となっており、常軌であれば此の場を借りて公開すべきものではないのかもしれないが(とはいえ弊店Diaryは私的な内容が多いのでいずれにしても恐縮な心持ちである)、Karim Hadjabという人物を紐解くうえで、もしかすると重要な内容かもしれないという具体性のない第六感と、「氏と密な時間を過ごしたことでしか知る事の出来ない感情」という部分において、その感情や、情景や、あるいは氏がどういった人物であるか、その魅力について、その片鱗でさえ、世界でたったひとりでも共有して頂ける方がいるのなら公開すべき内容ではなかろうかと、ショップマネージャーである私の勝手な裁量により、本文を迎えることにした。おそらく全てを綴った文章ではないと思うが、ほんの少しでもKarim Hadjabという人物、KARIM HADJABという表現を “ 知る ” という事に向けた手助けとなり得れば、私は素直に嬉しく思う。夕食後、アイスクリームを片手に目を通して頂けたら幸いである。
SURR by LAILA 小林
03-5468-5966
[email protected]
//
『LAILA TOKIO の 1 階で行われたインスタレーションのためにカリームとクリエイションメンバーが来日してくれたのだが、(現時点で)7回共に過ごした夜明けまでの時間と数えきれないほどの乾杯とハグを経て、またもや彼から様々なことを学んだ。
これまでに彼が行ってきた数多な方法による“服を媒体とした表現”には、彼がこれまでに得た様々な想いが込められている。それを例えば ” 服は生きている ” という言葉で現すとしたらそれが全てで、“自然界に1年間放置する”という行為とすればそれが全てだが、それには生まれた時代や環境、幼少期や青年期、そして今に至るまでの全ての経験が関わっており、それには明るいエピソードもあれば決してそうとは言えないエピソードもある。全ての人々と同じく。
50才を目前とした経験値。フランス国籍という立ち位置。その国で過ごし、実際に目にしてきた様々な出来事。それによって様々なアイデンティティを得ているが、今回共に過ごした中で特に印象深かったのは、自分に正直に生きる。と、人と人とは平等である。という想いだった。
私ごときが言うのは大変に失礼だが、彼は真に少年の感覚を持ち続けている人物だと思う。渋谷のスクランブル交差点を渡るだけでも、代官山から中目黒まで歩くだけでも、ドン・キホーテに行くだけでも、寿司を食べるだけでも、彼の眼は純粋に輝き続けていた。写真も好きな彼のパソコンは歴代のバックアップで常に容量が足りない。
そして様々な道中で聞かせてくれた今の表現への想い。そのうちの一つであるArgileという泥を用いた染めのクリエイションには、アフリカという国にある自然への考えや、それがもたらしてくれる泥という媒介を選んだ理由、その存在意義と特性。そしてArgileを行うことで生まれるアフリカの人々と自身の平等性などが秘められており、彼の純粋な言葉と無垢な瞳で語られるそれらの想いは、彼がいかに稀有な人であるかを再確認させてくれた。
だから彼が“服” “は” “生きている”という言葉を選ぶ感覚基準や、自然界に放置する等の行動とその結果辿り着いた変化が美しいか否かという判断基準は決して誰にも真似することが出来ない。これは間違い無く言い切れること。
彼の環境は近年良い意味で変わり続けているので、もしかしたら遠い未来なのかそれほど遠くない未来なのか、服以外の媒体による表現を行うかもしれない。その行為が良い悪いではなく、私は彼のように尊く無垢な聖人のように稀有な人がやりたいと感じたことは、引き続き是非ともやってほしいと心から想う。もちろん彼が服を用いて表現しなくなったらとても悲しいが、そんな個人感情以上にこの世の中が彼にとって表現し続けたいと想える世界であることを、表現し続けられる世界であることを切に願う。』
2018年5月6日 福留
//
