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心から喜ばしく有難い限りな “ 何から御紹介するべきか ” 状況の中でも、この時節はやはり特出して悩ましい限りではありますが、いくら悶々としたとて最終的に選ぶのは私情をより強く反映させた品に着地することはここ数回を経て自覚致しておりまして、今期のそれは名を関する意味合いでの看板力でも歴史性でも文化力でもなく、一個人の感覚器において極上という数奇に悲哀なる意義の一着。

私はこの生業に就いて, かつ SURR という存在が出来てからは一層, そして自身の口から発するにあたっては特に “ 言葉 ” というものを重要視しており、それは第二者以上においておそらく重要ではなく, 特に必要でもなく, 時に無粋な観点であることを十二分に理解ながら人知れずひっそりと過ごしております。それにしても、時間や時代において変化する言葉の価値や意味合いや、何より自身における印象, 自身の中だけの意味合いの印象 には本当に強い機微を抱きます。( 直近では御客様から マジマンジ を教えて頂き、慟哭に近い衝撃を受けました )
ここ 3 年ほど折りに触れて考えており未だ答えが出ていないのは “ 製作背景が判明している品の名称区分け ” です。メゾン, デザイナー, アーティスト, メイカー, ファクトリーなど幾つかある中でそれぞれの品や存在をどのように捉え、どの区分けで表現するか未だはっきりとしておりません。
その論点で申し上げますとこの度の御品は メイカー に属しまして、名を馳せた創り手によるものではなく ( そうだったとしても現段階で私は知りえない ) , 由緒正しき背景があるわけでもなく, 根本として着飾るためのファッションピースではなく, そして広く視たときその分野に特別な崇高性があるわけではなく, 古い時代の品 ( 約 50 年前は充分古いといえば古いですが ) でもございませんでして、それでも御紹介させて頂くのは、私という不肖かつ矮小で何より性悪な一個人が純粋に感動したという豆腐よりも頼りない、かつ異常なまでの私情度合いによるものです。



服飾史におきましては数多のメゾンやデザイナーが名作を繰り出していた芳醇期であり、文化面におきましては様々が独自に発展し続け時に交錯した良い意味で混沌とした 1970 年代に製作された本品は狭義で捉えれば趣味区分, 広義で捉えれば労働服の類に属す、着飾るための衣類とは対極に位置する目的性のみに特化した背景を有します。その目的は象徴的は背面ポケットが雄弁に物語る通り “ 狩猟 ” です。私はこれまで前述してきた全ての要素を差し引いて ( というよりそれらの要素を認識するより先に ) デザイン精度, ディティールの独自性に心の底から強く強く感動し、お世辞にも便が良いとは言えない英国の土地に居を構えるコレクターさんのもとにて一人出逢えた喜びを抑えることができず、やたら興奮した不審なアジア人としての姿を孤独に晒したのでした。
上質さを論点としない工業的な縫製のせせらぎからシュッと斜めに伸びるバストポケットと、そこからグッとカーブしてシャッと終わるサイドポケット。利便性においても活動力学においても、そしておそらく製作効率においても理に適う、看板にも歴史にも文化にも属して語る必要性のない製作者不明の独自力。これこそ デザイン です。

70s Itary, hunting jacket.
最終的には本品がイタリアのクリエイションであることが判明して興奮は収束しました。この感性の自由さを感じさせる, 製作そのものとその後の活用を愉しもうとしているように感じさせる佇まいと ” イタリア ” という記号に対する私情が寸分違わず一致したことで腑に落ち、やたら興奮した不審なアジア人からただの不審なアジア人に戻ることが出来たのです。
SURR by LAILA 福留
03-5468-5966
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2018 A/W full collections 「イタリアの風 A/W編」
8/18(土)12:00 〜
明日より、A/Wコレクションを御披露目致します。
店内構成の一部を除き、全て新作としてご用意させて頂きました。
お誘い合わせの上、是非この機会に御立ちより下さいませ。
皆様のご来店を心より、御待ち申し上げております。
SURR by LAILA 福留 小林
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Special , 1870-1890s France
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『 2018 AW は、いったい何を買えば良いのやら 』 とあるメゾンから親愛なるデザイナーが去ることで全てが変わるため、そこで買い物する機会が無くなるであろうと、先日友人が鱧の天ぷらに舌鼓を打ちつつ嘆いておりました。
衣類や装飾品などが人生の原動力となる人々にとって “ なにを買う ” “ どこで買う ” というのは至極重要な話題であり課題で、特に時節の節目にはその重要性が一層強まるものでして、私は現代クリエイション部門において 2018 AW で個人的に好ましいクリエイションがございましたので幸いにも芳醇期となりそうですが、友人のような状況は決して他人ごとではございません。
既存の感覚を更新する不変的な出逢いや、その瞬間の刹那的な出逢いなど。最高に心踊る, 何にも替え難い人生の原動力はやはり、過酷な現代社会を活きる我々には定期的に必要と私は考えます。原動力を得て頑張り、また原動力を得て頑張る。その繰り返し。そして Memento mori でございます。
ちなみにその友人は食事を終えるまでの時間を活用し、翌日下着を新調して原動力を得るという決心に辿り着いておりました。下着しかり食事しかり飲酒しかり、旅行しかり音楽しかり映画しかり演劇しかり、はたまたお人によっては貯金という行為そのものしかり。千差万別な原動力がございますが、私はやはり純真無垢に衣類や装飾品が主な原動力な人間です。きっと皆様方と同じく。



さて、そろそろ時節の節目が近づいてまいりました。かねてより御愛顧くださっている皆様方におきまして、もし頭に浮かぶ何かがございましたらきっとそれはその通りでございます。そろそろ御報告の御便りが御手元に届く方もいらっしゃることと想いますので、お忙しいところ恐れ入りますが御査収頂けましたら幸いです。
SURR by LAILA 福留
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New arrival before 1901s Victorian 9K gold & sapphire ring

New arrival before 1901s Victorian 18k gold , sapphire & diamond ring

New arrival 1880-90s Victorian 18K rose gold & sapphire ring
愛とは盲目的な献身であるとディケンズは作中で説きましたが、その情愛哲学を他と自身に顕示するならば指もとにルビーの選択は必然。情熱色かつ深い愛情の顕示で御座います。しかしながら愛(作中の流れでは恋)は盲目モードに突入する前に真実を見極めようと常に理性を失わない慎重かつ用心深き男性には、ブルーサファイアの選択も必然。それがネイヴィサファイアであれば申し上げることは何も御座いませんで、ブルージーンズに信頼を寄せる貴方様であれば疑いようも御座いませんで、冬国の此の列島においてたっぷりとしたセーターに豊潤な金無垢とネイヴィサファイアを嵌めて頂くことに関して七転八倒も御座いませんで、数ヶ月ばかりの暑き日々でも、黄葉迎えるその時でも、春の陽気に出逢うして出逢った際にはその女性の後塵に拝する姿勢にて、どうぞ肌身離さず。ボディタッチがややばかり多めな相手様へ盲目になる前に、お手元の濃密な静謐を幾分と眺めて頂けましたら。
そのようにしてサファイアリング、大変お勧めで御座います。
1901年以前の英国はヴィクトリア王朝期、最上質なそれらで御座いますが、常に特異点をご所望になられる方には画像最下部、18kローズゴールドは極圧倒性を獲得して御座いますので、仔細に御賢察のほど頂けましたら。
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その者にとって侵されてはならない神聖な領域であると同時に自由選択の結集であろう愛用品の数々。その中で、テーラードのように着なければならない場面というのもなければ指を彩らなければならない法も秩序もなく頑に選択を強いられることもない、こと “ 指輪 / Ring ” の世界は、身体全体を個人表現の場とするならば、最も私意が注がれ、最も個の感覚を必要とし、最も小さく、何より力強い意思表示であること、完全無欠のスピリチュアル・フィールドであろうことは古きブルジョワの人々より学べますし、私もそのように憶います。
そしてここまで約220文字を暫定的に肯定とするならば、1滴も漏れずに注がれた内容こそ、ファッションとして認知される遥か遥か昔より誂えられた個の絶対的意思の顕れ “ビスポーク / Bespoke ” であり、例えば産業革命後の豊潤な “ 純金無垢 / Pure gold ” であり、男性的主張や宗教的事由,あるいはオクタヴィアヌスが帝国敷地の3割と引き換えに手に入れようとした天然オパールを一例に爆発的訴求力を放つ “ 天然鉱石 / A gem ” でありまして、誠に勝手ながら我々が、鋭意精進の精神で個体収集に心血を注ぐ “ Fine jewelry / ファインジュエリー ” という区分であります。
【純金やダイヤモンドなど、質の高い天然素材を用いて創られる上質なジュエリー】

ごろりとした其れを親指に嵌めることに関して世界的権威でもあるかのような表情でごろりとした其れを親指に嵌めている弊店ディレクターや、利き腕の小指にロシアンリングを3つも嵌めているせいで物書きしにくいと常に愚痴る知り合いのおやじ、なにか特別な機会に特別な個体を選定しようと望みながらそもそも其の機会が訪れない店長のわたくし。そのように侵されてはならないスピリチュアル・フィールドは皆様にもお有りかと存じますし、それはお手元にこそ、表出するものでありましょう。貴方様の厳格でわがままで頑固で手前勝手でエゴイスティックな考えや想いや規律や無垢な感覚をしっかり放出いただき、天然鉱石/純金製のビスポークリングの詳細を超えた,指に嵌まるフィジカルな感覚,ダイレクトに伝わる温かさ、紳士的意味性を少しばかり感取頂けましたら、そして神聖なる絶対領域に叶う御品が御座いましたら、またその御品が、皆様の愛用品,常用品と成り得ましたら、成り得ます事、心より願いまして。









mid1800s〜1950s
Victorian , France
Twenty pieses
18k , 9k pure gold & platinum
diamond , ruby , sapphire , pearl , onyx , emerald , opal
8/11(土)12:00〜
SURR by LAILA 小林
03-5468-5966
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遥か昔になんとなし選んだ丸眼鏡は当時周囲から事あるごとに指摘され、そのほとんどに誉れではない意味合いを感じておりましたが、時を経た今では市民権を獲得し今や女性が身に着けていることすら珍しくなくなりました。約 10 年ほど前でしょうか、これまたなんとなしに選んだ薄い色付きレンズもまた、当時の周囲から誉れどころか失笑の意味合いを感じる指摘を受け続けてきましたが、今や幅広い人々が御愛用されている印象です。その2つの逆転現象を肌身で感じ ( そして純真無垢な性悪人間への道を邁進し ) た私はある日 “ 全く市民権を得ていない印象の、大好きなあのオプティカルスタイルも近々日の目を浴びるのではないか ” という一つの愉しい未来の可能性に想い至りましたが、約 4 年ほど経った現在、その気配まるで皆無。


いくら記憶を掘り返しても掘り返してもそのきっかけは想い出せず、真の意味合いで気付いたら好きになっていた存在でして、遥か遥か昔、進学の節目に親族から頂戴した金一封でそのスタイルのサングラスを勇んで買っていたほどなのですが、どうしてもあの下膨らみに魅了されたきっかけを想い出せません 。ここ数日折りに触れては考えているのですが、やはり駄目です。
ファブリシオ・モレッティ → 彼より前に愛用していた。 『 ラスベガスをやっつけろ 』 → 観ていない。 シャネルズ → 聴いていない。 『 アルゴ 』 → そういう演者はいたけれど。 『 ナポレオン・ダイナマイト 』 → とても好きな映画だけど。
しいて、しいて言うのであればフィリップ・シーモア・ホフマンが何かの映画でかけていたような記憶 ( 劇中でボーダーのトップス着ていたような ) がありますが、曖昧です。曖昧なので違うのだろうと想いますが、しかしながらフィリップ・シーモア・ホフマンは心から尊敬する色気溢るる人間像の一人ですので、取り急ぎ暫定的に彼と致しましょう。
いずれにせよ、今回の新作群に私の想い焦がれる “ オプティカルとしてのそれ ” が在り、心から嬉しく想います。 “ オプティカルとしての ” という基準が極めて厄介でして、それら基本的にサングラスとしての用途が多いためレンズサイズがたっぷりしている品しかございません。そしてそもそも出逢える機会が少ないのはやはり需要と供給が天秤にかけられた結果なのでしょう。その残酷な現実は長らく魅了されてきた愛用者にとって不服千万以外の何ものでもありませんが、考えてみれば御客様方から御要望のお声を頂戴したことがございませんので、今回もまた独り善がりの狐でございましょう。

late 60s Algha Works, teardrop optical
本品が敬愛する名工 “ アルガ・ワークス ” の希少年代であることも大きな大きな喜び。金無垢をたっぷりと纏わりつかせたとろける金属質感と、アルガらしい角の強調された形状調和と、ティアドロップならではの広い視界とティアドロップならではのサイコパシーな色気をどなた様かと共有できたらと切に願っておりまして。これだけはどうか独り善がりのこんこんちきになりませんように。
SURR by LAILA 福留
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英国で採択される鼈甲色調の生地は、とある時代を境に透明性の高い生地へとシフトされますが、60年代其れ以前における該当色、濃密かつ豊潤なカラートーンを具有した生地というのは、比較余地もないほど美しく、おそらく比較余地を検討出来るは英国産本鼈甲の其れではなかろうかと独断及び偏見を置かせていただきます。カッティングと構築のプロセスによって個体それぞれのライトトーン、ダークトーンのポジションが異なる=個体性が確立されるのは自明の事、当時の上質な生地において目視できるトーンバランスも魅力点として加算頂きたく、それは全体に気持ちよくブレンドされた混沌色の個体が確認できる中、たとえば初見段階で漆黒判断を下したかと思えば、おぉ、よく視ると鼈甲色じゃないですか、ほどの分かりづらさと、限りなく深いダークアンバーが80%占有する中で部分的に浮かぶ、イエロートーンまで抜けた精妙な均衡を脳が認識して初めて漸く、この男、徒者ではない 判断を下すと同時に豊かなジェラシーとは生じるのだろうと醜い嫉妬心を止められない私は憶うのであります。

けれどもたしかに、カルティエ社マストタンクがマストタンクである以上に小粒で硬質なヴェルメイユの実態そのものを魅力的に捉える一例と、天然鉱石/純金製のビスポークリングの詳細より指に嵌まるフィジカルな感覚,ダイレクトな温かさを魅力的に憶う一例と同義であるように、古きに製造された英国産の其々というのは物体として、構造物的実態として、無垢な道具として、筆舌に尽くしがたい魅力を備えたアイウェアであるように憶います。

故に、アイウェアを掛けていない初見段階において、この男、徒者ではない と暫定判断を下される力強い男性の個性は、より一層と男性的に増長されるわけでありますが、御優しい雰囲気を持つ男性にこそ、是非とも御所有を頂きたく憶い、是非とも、御愛用頂きたく憶う次第であります。それは極めて正統的かつ男性的,英国的,紳士的なフォルムであること、気品のある漆黒トーンも含めて、物腰が柔らかく、穏やかな印象を持つその方の,通常時は外界に放出しない色気と、静かに何かを守り抜く攻撃性と、本当は真逆の事を考えているサイコ性を程よく映し出してくれる魔法の道具と成り得るポイントも加味して、心より、推奨を致します。

New arrival 40s British 2dots , Amber

New arrival 60s British Dark Amber, model “ Scholar ”

New arrival 60s British 2dots , Black
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我々が憶う,正統的個体により構成をさせて頂きました。
おそらく此のフィールドにおいては、初の御披露目となる布陣。
皆様の愛用品,常用品と成り得ます事、心より、願いまして。














1940s-1970s
United States , British , German , France
Twenty pieses
ESSEL,CONSTANTIN,PENINNGTON,Scholar,SUNMODES,MANHATTAN,BUCCANEER,
ALGHA WORKS collections,and more
8/4(土)12:00〜
皆様のご来店を心より、御待ち申し上げております。
SURR by LAILA 小林
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直線的なブローライン、生地の厚さで緩急を表現したフロントシェイプ、キーホールを選択しないブリッジのフォルム。同年代のエントリーの中では圧倒的モダン性を獲得している本作、世界最古のグラスメーカーが大都市の名を付けた男性的スモークグレイ。次いで、前者名作と同時期に生み出された漆黒の個体。フォルム、シェイプ、カッティングなど変更点は一切加えず、ミッドセンチュリーの残り香を感じさせるダイヤヒンジのみを取り除いた実相。世界中から夢を求めて集結する上述大都市の自由意志を尊重した皮肉文句 “ バッカニア ” は単語本来の意味より “どこにも属さない” 主張として冠に名付けた本作共に、いずれも、傑作としての評価は引き続きで御座います。
元来、医療器具として認識されていた其々が、ファッションとしての力を持ち始めたのは英国某社の大きな功績でしょうが、しかしながら顔に乗せるだけで其の男性の個性や印象や性格やロマンティシズムというのを増長させる、魔法の道具としての理解は当時からもそうでしょうし、その道具其々に、其々の名前を付す、というのも当然、其々の想いを付すことと同義。所有する者としては、愛用品に迎え入れる者としては、常用品と化す場合においても、その名と、その想いに、尊敬をもって接することが、魔法の道具に留まらず習慣物として「壊して、直して、使う」を成立させるエンジンになりますし、甥っ子姪っ子へ請けが宜しくなくとも耐えうる強靭な精神力の土台となりますし、あるいは世界中を魅了する「律儀な犬」を物語として描き出すことができるわけでありましょう。本作の偏愛者、チャールズ・M・シュルツ故氏に敬意を表しまして。

New arrival 60s American Optical model “ MANHATTAN ”

New arrival 60s American Optical model “ BUCCANEER ”
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数年前、酒の席で友人に問われたことが御座いました。憶えば一度も考えたことがなかった、当然、心の引き出しに仕舞った記憶もなく、引き出しから取り出した事もなく、それは不意をつかれた瞬間でありました。とはいえ販売員を生業とする者であれば、あるいはファッションを愛する者であればひとりやふたり、心に留めているのが常であろうと思うわけでありまして、美味しいハンバーガーを作ることを業とするその友人に問われた際は、久方ぶりに冷や汗を滲ませたものです。捏造するわけにも参りませんので、いないものはいない、とビールジョッキをどんっと置いて答えるしかないのですが、販売員を業とする者の回答としてはいささか寂しいもの、これは酒の肴にもならん、そのように後ろめたさと回答を常備していなかった少しばかりの恥ずかしさをもってこのように切り込みました。「心して聞け、闇夜に烏雪に鷺である。僕は雪の日のカラスになりたいのではない。」何かの引用を心の引き出しから引っ張りだしたわけですが、解釈しすぎた挙げ句、大迂回することとなったこの回答。当然「うむ、なるほど。販売員らしいな」とは成らず。
「おまえ、洋服を着るとき指標となる好きな人物はいるのか」

いないのです。全く以てお恥ずかしい。映画や音楽、カルチャーのフィルターを通られてきた方も多いと思いますが、そのフィルターが分厚くしっかりとしたものであるならば、おそらくひとりやふたり、お心に留められている特定人物、著名人、偉人などいらっしゃるのではと憶います。ファッションをお好きな方であれば。
姿形そうなりたいと想う「切望」とは少し違うかもしれませんが(そう想っている方もいらっしゃるのだろうけれど)おおかた、漠然とした特定人物像と漠然としたイメージ媒体として心の引き出しに仕舞われているのだろうと思案を巡らせるところ。質の良い筋肉をもった男のスーツ姿、であればカジノロワイヤル出演のダニエルクレイヴ、のような男性像、のように。広告映画色が一段と強まっている同シリーズものの中で彼が演じるダブルオーではカジノロワイヤルが好みでして、特に終盤、股間に太いロープを何度も打ち付けられる拷問シーンは彼の類のない裸の屈強さが収められておりますが、その数日後にエヴァグリーンを抱くのだから大したものです。
しかしながら友人に質問された際に「よくぞ聞いてくれた。僕が心に留めている特定人物とはまさに、股間をも見事に鍛えて上げたダニエルクレイヴである」とはならず、目指しているわけでもなく、スーツを着る際に思い浮かべるわけでも御座いません。そのレヴェルにおいて無意識に、漠然とした特定人物像と漠然としたイメージ媒体として心の引き出しに仕舞っているわけでありますが、強いて申し上げるならば、強いて、ただひとりを申し上げるならば、わたくしがヴィンテージアイウェアを選定するきっかけとなった人物で御座いまして、けれどもファッションとしてアイコンとして心中に留まり続けているわけでは御座いませんし、しっかりとしたセルフレームとジャストフィットのスウェットシャツの具像は確かに今でも心の引き出しに仕舞われている画、しかしながら言葉そのまま「きっかけ」にすぎず、それはピーナッツ原作者チャールズ・M・シュルツ故氏であり、同氏が普段日頃より愛用品として、常用品として、道具のひとつとして使用していた其のアイウェアで御座います。当時米国では珍しくも英国的アプローチが表出した正統的個体でありまして、米国某社が同時期にエントリーさせた同型の別個体も素晴らしいフォルムを放っていたりと、この辺りはまた別の機会と致しますが、いずれにしましても、同氏がわたくしのファッションバイブルとなったわけでは御座いません、ただ、わたくしが常用品を選定するうえで、闇夜のカラスを進んで模索するわたくしを優しく微笑みながらエスコートしてくれた著名人であることは確かで御座います。誠に、僭越ながら。
そもそもとして、気の知れた友人宅の敷居を跨ぐ前に手みやげを差し出す、あの紳士性をもった犬を贔屓にしているもので。

さて、先日の福留のDiaryですが、そのようにわたくしも懐かしんでおりました。わたくしが当店に立たせて頂く前、弊社別セクションにてキーボードをタイプしていた頃(かれこれ4,5年前でしょうか)、当時SURR専任であった福留が、時はたまにわたくしの居るセクションに出現し、キーボードをたたくことで一生懸命なわたくしに向かって不規則かつランダムな質問を唐突にも不可避のタイミングで繰り出すという運動が御座いました。さらにその質問に答えたとしても全く返りがなく、そうか、僕はこのように試されているのだ、と引き続きキーボードをたたく日々。「いま逢えるとしたら、誰に逢いたいか」、“ジムキャリー” と即時即答していた当時が懐かしく。そしておそらく、美味しいハンバーガーを作ることを業とするその友人に対する回答の正解は「ジムキャリー」と「股間を見事に鍛えた英国諜報部員」と「律儀な犬」だったのだろうと、彼が求めたのは真意ではなく酒の肴だったろうと。数年前の話ですが、次回があれば今度は同様の質問を浴びせてやるつもり。ちょっとやそっとの回答ではわたしの酒は進まぬぞ。
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仮に自然体で伝統的で心地良い紳士性が溢るる一つのアイウェアがあったとして、それを仮に小林がかけた際、従来の彼らしさプラス上品な知性と従来以上の優しさと、何より一人の男性としての大いなる深みを私が感じたと致しましょう。そして彼に そのアイウェアはとても良く似合っているぞ と常用品として推奨した時、決断をくだすのは彼の意志と彼の考えです。そして仮に彼がそのアイウェアを選ばないという道を選んだ時、私は純粋に不思議に想います。こんなにも似合っているのに、選ばない道を選ぶとはこれいかに? しかしながら、私がこの生業において最も興味が注がれ、思慮深き面白みを感じている要素の一つはその点 “ 私の意志が及ばない、第二者の意思と考え ” にあります。

上記の仮定では小林からすると私が, 私からすると小林がそれぞれ第二者 ( =相手 ) となり、私が推奨するに至ったのは自身の人生と経験に準ずる結果であり、小林が選ばないに至ったのは彼自身の人生と経験に準ずる結果。私は根本的な美などの意識共有やいわゆる信頼関係を前提としたうえでの、第二者との考え方や判断の違いや差異が途方もなく愉しく感じられ、なんと申しあげたらよいか分かりませんが、とにかくその違いや差異が 心躍る のです。
調べてみましたところ、小林が初めて綴った Diary は 274 でした。平均して 5回に 1回ほどのペースで私が綴らせて頂いているとしたら約 230 の Diary を彼が手掛けたことになりますが、これまでにおいて私が “ このお品を皆様方に御提案するにあたって、こう綴るように ” “ カメラを用いてこう切り取るように ” と指示したことはただの一度もございません。と申しますかそもそも “ 教える ” ( 苦手な単語 ) という行為自体ほとんどなかったはずです。諸々の経緯を経て小林を SURR の店長 ( もちろん当初はその候補 ) とさせて頂いた次第ですが、当初より彼の表現において指示及び教えることをしなかったのは、私がそのような状況を経て今に至ったこともありますが、なにより私以外の第二者の脳に基づく考え方や判断が “ 観 ” たかったのです。一人の人間 ( 脳 ) が一貫し続けることには様々な論点において良いことがありますが、元来私はそれが全てだと想っておりません。そして一人の人間から別の人間に替わった際には、 ( 根本共有を前提に ) 必ずや新しくなるべきだと強く考えています。
彼が綴ってきた約 230 の Diary の内容において私が想うことがあったとしてもそれは重要ではなく、手掛ける人間自身の意思と考えを胸に判断しているかが重要なのです。どうしたら正解かという概念そのものが無粋の極みとしております。
このような第二者との愉しい関係性は、私にとってお客様方と相対させて頂く機会にもございまして、私の意思が及ばない第二者である御客様方がそれぞれの人生と経験を基に SURR の品をどのように御覧になられるか、時にどれを御選びくださるか。それを目前させて頂くという時間は私の生業, いわゆる販売員 ( これも苦手な単語 ) という役割においての至上。表現として正しいか分かりかねますが、心の底から “ 役得 ” に想います。今後ともどうぞ宜しくお願いできましたら幸いです。販売員人生万歳。

さて最後も仮になりますが、もし自分以外が SURR の品として何かを選んできたらどうなるだろう、と考えることがあります。前述の通り ( ただしこれに関しては最重要の価値観基準で ) 根底共有のうえ自身の意思と考えを胸に判断していたら問題はありませんが、どのような布陣にせよ私は純真無垢な性悪人間としての矜持に則り、一先ずは “ ほぅ、ふんっ ” と片口角を上げるのではないかと想像しております。しかしながらそれに “ が ” 現在進行形の SURR であると一部から Mr ポジティブ と呼ばれる私は考えます。そう、私は性善説主義者であり、そして SURR は全員に好かれることを目的としない主義の空間なのです。
SURR by LAILA 福留
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私ごときが云々申し上げる内容では当然御座いませんし其処に美学なる美しき哲学的分科など持ち合わせてもおりませんし、そもそもとして「美学はお有りですか」という設問に対する回答を終日床上から微動だにもせず考えに考えたアオき日も御座いまして、法学教室の前方に座る女子学生の後ろ姿を悶々と眺めることに忙しく(髪を結ぶとき必ず左手から繰り出す癖を見抜いた程)、時に「精神の墜落」というアホみたく長い学術書に取り憑かれていた当時の歪んだ私が捻り出した2つの回答、どこにでも居そうな私の出立ち/風姿/形姿、その大衆性とはまるで裏腹な天の邪鬼極まりない螺子曲がった内情、故に挙げられたそのひとつは「美学など爪の垢程も無い」で御座いまして、もうひとつが「この設問が嫌い」で御座いました。その哲学的分科=自身で知らず知らずの内に大切にしている個人的信念というのは何方様もお有りかと存じます。しかしながらその信念を美しいと自負し認識しアウトプットするほど私は出来ておりませんで、それを謙遜と呼ぶのならそうでしょうし、そんなことを床上で真剣に考えながら外界では女子学生の癖を見抜くような阿呆、というのなら阿呆なのでしょうが、仮にも美学なる個人的信念を説くならば、時の経過とともに深化し、洗練され、間違っていたことに気が付き、誕生と変遷を繰り返しながら辿り着ける領域であろうもの、漸く手に入れた美しき美しき美学というものは聞かれて易々答えるほど滑稽なものはないと、たとえ確固たる美学に辿り着いたとしても私は決して謂いはしない!だからこそ美学であるのだ!そのようにして床上から微動だにせず私自身の精神の墜落を垣間見せておりました。

常用品の基準、など、私ごときが云々申し上げる内容では当然御座いませんし既述の通り其処にさえも美学がないようもんなら、さてさて一体こいつは何を話したいんだ、とは当然の成り行き。そうなのです、未だに美学なる美しき哲学は手に入れていない、とはいえ精神的墜落から幾分浮上は致しましたので攻撃的偏見も今では持ち合わせておりません。美しいと想える其の美学は、多ければ多い程、宜しいかと。
そのように本筋へと突入しますが、私が常用品として選定する上で発動される無意識意志と、選定した品々に対して希求している期待意志というのをそれぞれ暴きますと、前者は不合理にも無垢で裸の心に訴えかける圧倒的訴求力(に委ねる)、これを人は運命と呼びます。後者に関しては選定段階でさえも共通項として挙げられますが、顕要なディテイルとして「修繕の可否」を僭越ながら記させて頂きます。
それはおおかた衣服にも通じますので天然木綿には目がないわけでありますしモノを大事にする精神を讃えるならば「直して、使う」で御座いますし、壊れた、破けた、破損した、とよく耳にしますが、正しくは「壊した」「破いた」「破損させた」で御座いまして、モノを使う責任というものはいかなる成行きにせよ他者ではなく所有者にこそ在ると思いまして「壊して、直して、使う」事が、モノを大事にする極論であり暴論であり哲学であり美しいと自負はなくとも、強いて謂うところの個人的信念で御座います。
さて、選定段階と常用段階でさえも「修繕の可否」詰まるところ「壊して、直して、使えるか」というロジックを対象物にたっぷりと注いでおりまして、その我が侭極まりない私意を注がれる対象物というのは可哀想といえば可哀想。使って、壊して、永眠させてあげるのも付添い人の務めでしょうしモノの宿命で御座いましょうが、一度、本日の暴風雨のように激しく力強い「情」が発生致しますとこれはもう誰にも止められない「情愛」に変貌を遂げ、どこまでも深くカラフルな「信愛」へと進化を遂げるのです。いよいよモノの宿命論の回路がガチャリと変更され、永眠させるなど誰が決めたことかと修繕に情熱を注ぎ(壊すたび職人に怒られるのは仕方なく)、そのようにして 常用品 と化した品々は、全くといって良いほど周囲から誉れの対象にはならず、けれども職質されたことも御座いませんし甥っ子・姪っ子から散々な不評文句を浴びることもなかったのは極めて幸運な事。誰に注目される事もなく、迷惑をかけることもなく、連れ添いながら静かに生きて参りました。私だけが、私のみが、滾々と湧き出て尽きる事がない其の信愛なる情と、故の、絶大な魅力を知ることが出来、常用品と認めることが出来、安心と満足に憶いながら日々を送っている次第。
誠に、幸せ者で御座います。

写真は、法学教室の前方に座る女子学生の後ろ姿を悶々と眺めることに忙しかった時からお世話になっているヴィンテージアイウェア。癖を見抜いた其のアイウェアであり、本日も何かの神秘を見抜こうと必死な、其のアイウェアであります。これからもよろしく。
SURR by LAILA 小林
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自身の身の回りと成る愛用品の様々が周囲から誉れの対象となるか否かは人, 時, 場合それぞれなことと想いますが、いずれにせよそれは自身にとって可能な限り 100% の熱量となった最善であり、なにより自身の独善的かつ自己的な意思を主軸として選ばれた品であることを、私は心の底から願います。
この生業において、やはり欠かすことの出来ない一つが “ これはどうやって合わせれば ( =スタイリングすれば ) 良いか ” という話題です。色調, 質感, 装飾性, 造形比, 根本的な着用者自身の形状や骨格, そして時流など、多岐かつ複合的な論点にわたるそれは極めて繊細かつ難解で何より興味が尽きない、この生業においての醍醐味的要素の一つですが、私はそれに対して一つの自分勝手な基準がございます。それは申し上げることによって誤解を招く可能性を有しているようにも想われ、そもそも言葉にするべきではないとも想われることでもあり、きっと様々な角度で矛盾している一種の感情論ではありますが、既に幾度も SURR の空間にて御客様方に言葉で現わさせて頂いておりますこともあって僭越ながらこちらにも記させて頂きます。お時間ございましたら、宜しければご査収くださいませ。

私自身において “ これはどうやって合わせれば ( =スタイリングすれば ) 良いか ” と思案することはございません。私は私自身の洋服を選ぶ際に、スタイリングを考えることはなく、着たいものと着たいものをただ単に組み合わせます。( ゆえに職質されるような世界観になることも時たまに。そういう時は自己責任ですので素直に従うまで ) しかしながらそれには一つの極めて重要な要素がございまして、それは前述の自分の独善的で自己的で意思で、かつ可能な限り 100% に近い熱量で選んだ品である ということ。私にとって何かと何かを組み合わせる ( =スタイリング ) という事柄においての唯一かつ絶対的なのは 自分の意志と自分の考えで品を選ぶ という基準なのです。極論であり暴論であり、思慮の欠片もない考えかもしれませんが、その基準さえあれば、どれとどれをどのように組み合わせようとも結局は調和する のではないかと考えています。場合によっては他者や周囲からするとその組み合わせが職質対象になったり, 不均一であったり, 時に非美的に捉えられるかもしれませんが、私にとってはその基準によって構成される物事こそが、誰にも真似できず金銭では手に入れられず貴賤のない “ 真の 個 ” です。
さて、このように独善的自己的基準で物事を選んできたがために、私の愛用品は冒頭の話で申し上げますと全くといって良いほど周囲から誉れの対象となりません。先日も親族結婚式におきましても甥っ子・姪っ子から散々 ( 本当に散々 ) でした。( あんなに仮面ライダー変身ポーズを見てやったのに ) 。そんな私のそんな品でも、誉れの対象にしてくれる友人・知人が何人かいるんだよ。 2 人か 3 人はいるんだよ と言ってやりたかったですが、 10 歳と 5 歳にそんなこと言ってもなぁと自粛しました。そもそも既にそれぞれは人生ゲームとベイブレードに夢中だったので。
個人的な印象としましては、愛用品の中でも体積が小さければ小さいほど独善性と自己性が強まるように想います。小さければ小さいほど、逆に 個 を強く表現するからでしょうか。私は全てにおいて過去の良きもの・新しき良きものを分け隔てなく選ぶのですが、考え返してみると時計とアイウェアだけは過去の良きものしか選んできませんでした。こだわらず素直な気持ちで選んできたら結果的にそう成っています。

写真は 10 代の頃に手に入れた人生初のヴィンテージアイウェア。時を存分に経ても愛用できているというのは、本当に幸せなことです。
SURR by LAILA 福留
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公園だろうが三ツ星フレンチだろうが悪友と過ごす週末の寝不足ミッドナイトだろうが誰に対しても失礼のない装いであり、季節によって手に取る1着が変われば、寒暖かまわず1着しか手に取らない者もいて、喜ばしいときも哀しい折も背中から支える心強い相棒であることも、それは当然、すべての男性にとっても。そう、何方様にも失礼のないテーラードジャケットというのは、こと革靴にも当て嵌まるのでしょうが、そのように隣を歩く女性を支える役割を果たしてきた我々男性に対して、真面目にも不真面目にも暫定的にバカであると避け難いメカニズムが女性側に存在するのは、世界共通/衆知の一致するところであるように思います。何方様にも失礼のない衣服を身に付けているにもかかわらず。「男ってバカよね、」
あるいは男性にとって何方様にも失礼のないその衣服というのは、タフで非情でワイルドな世の中をジャケットなしで渡り歩くなどいくら身体を鍛えようと真っすぐ進めるわけがないと英国老紳士がぼやくように、米国老舗トラッドスタイルのジャケットをこよなく愛したマイルスデイヴィスがヒップとジャズを奏でたように、10代を過ぎた青年がパートナーの赤いワンピースをより美しく魅せるため70年代ムッシュのテーラードを選択するように、食事後の誘いに見事に失敗したひとりの男を慰めてはくれない只の上着であることも、素直に認めたうえで、





素直に認めたうえで、男性に許された特権であるのは白いシャツと至極同義、我々にとって切っても切れない文化的共通所産であるテーラードジャケットという衣類を、女性特有のメカニズムを回避しながら,さぁいったいどう向き合おうものか、そのような根本論を御披露するほどわたくしも歳を重ねておりませんし、ドラマティックな体験談など不成功例のほうが圧倒的数を揃えておりますもので、皆様、テーラードジャケットは本当に素晴らしいものです、と声を大にして御推奨させて頂く上では説得力のかけらも御座いませんが、素直に認めたうえで、タフで非情でワイルドな世の中を真っすぐ進むためのマストアイテムであると認めたうえで、皆様にとってマイベストジャケットと笑顔で御迎えを頂ける1着と成ります事、食事後の誘いを見事に成功させてくれる1着と成ります事、男ってバカよね、が発動されん事を、引き続き、切に願いまして。




New arrival 70s Lanvin tailored jacket
男性であれば何方様にもお有りかと存じます。わたくしの場合、チェストポケットにペンを差すことを、製作者と初代オーナー様、歴代の男性を支えてきた其の1着に対する深い礼とし、マイベストジャケットに迎え入れる儀式として心得ておりますが、仮に酒の席でそのような規則が女性の耳にでも入ろうもんでしたら、頬杖をつきながら不可避の武術のように発動される、男ってバカよね。それを覆す力は残っておらず、それが自分にとっていかに尊い行いであるかを振り絞る力説ほど滑稽な様子も御座いませんで、そのように避け難いメカニズムが形成されるのでしょう、それはそう、世界共通/衆知の一致するところ。何方様にも失礼のない衣服を身に付けているにもかかわらず。全くを以て、タフな世の中であります。
SURR by LAILA 小林
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ご紹介が大変遅くなりましたが、皆様、70年代はフレンチズム、LANVINのテーラードジャケット、本当に素晴らしいものです。声を大にして、御推奨を。
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と、各国のコレクターさんに尋ねるようになって何年かが経ちますが、ほとんど全ての答えが あるわけないじゃないか というニュアンスを含んだ No 。男性がまとうシルクという御提案の残酷な難しさを毎度実感せざる得ません。良くてワンシーズンに一着程度でしょうか。しかしながら前回の旅にて、かねてからお世話になっているその道何十年の PARIS 在住, 妻一筋, 中学 3 年生の息子が遊んでばかりで少々困っている親愛なるコレクター様を訪ねた際に、“ おぃ Mr シルク。見つけといてやったぜ ” という一言と共に、未着用という貨幣には代えられない付加価値を内包した 4 枚の白いシャツが現れました。そう、私は時たま Mr シルク。もしくは Mr ポジティブと呼ばれているのです。

“ 息子が遊びまわって全然帰ってこないんだよ ” と独り言ちるコレクター様 ( 私は “ 貴方の息子だから仕方ないんじゃない? ” と答える ) の愛によって実現した 4 枚は、全て 1930 年代に紡がれたシルクにおける生糸を示す Row silk という大変に求心力溢れる要素を備えた布陣。端的に申し上げますとロウシルクは 糸を磨く前 の状態でして、水分にも適応 ( =洗って頂ける ) する、着用を重ねることでの風合い変化をお愉しみ頂けるという従来のシルクとは一味異なる魅力を有する存在です。もちろん特有であり圧倒的な軽やかさと異常なまでの肌触りの良さ, 肌から発される体温を優しく包み込むかつ通気性も良いという従来の要素も兼ね備えておりますので、極暑においても極寒においても極上を御体感頂けます。1930s という時代ならではの丁寧かつ繊細な各所の手仕事による繊細かつささやかながら圧倒的な迫力は、是非実物にて御査収頂けたらと想います。



1930s France, row silk shirts collection
男性の白シャツ姿は本当に良い。常に心から切実に。私は日頃よりモードやファッションは基本的に女性のためのものと考えていますが、白シャツは極めて極めて数少ない男性だからこそ真に愉しめる特権的存在ではないかと考えます。それが、袖を通せばその存在価値が五感に響く, 蕩ける表情が男性的な色気を異常なまでに促進してくれる, 類まれなるシルクという御素材によるものとなったら。これはちょっとした事件です。
SURR by LAILA 福留
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貴方にも私にも 慣れ というものがあるにも関わらず何度じっくり眺めようとも衰えないばかりか新たな輝きに魅力に気付かせてくれる存在がいかに稀有か、そのような存在に出逢えたことがいかに幸運か、そのような感情を抱けることがいかに幸せかを貴方も私も知っている。 慣れ がなければ社会や生活は成り立たないにも拘わらず私は慣れることに未だ慣れておりませんでして、特に探求心や好奇心においては、出逢っては慣れ見つけては慣れを幾度となく繰り返しているにも関わらず、いつぞやは心震えていた事柄にいつの間にか慣れてしまっている自分にふと気が付くと、月並みではありますが物寂しい心持ちとなりますが、慣れがなければ成長もなく、かつそこから更に出逢える新しい輝きの求心力を知っているがゆえに、結局のところ無意識的に 慣れ に向かっているのだろう という究極的な矛盾を貴方も私も抱えているのでしょう。
どれほど探求しようと慣れない、いつまでも愉しいと思えるものごとが有難いことに幾つかありますが、その中の一つが “ 靴 ” という存在。否、造形芸術。そしてその中でも私にとって特出して慣れず愉しいと思わせ続けてくれる一つが Edward Green であり90年代の本品なのですが、貴方はいかがでしょうか?



同社において最高位区分であるトップドロワー用足型が描くトウから甲にかけての妖艶なカーブに、ウイングチップとストレートチップの中間に位置する極めて珍しい仕様。トップドロワーの定義において足りない点があるものの、その要素を多く見受けられるために そうである とも そうでない とも言い切れないのがもどかしいながら、誇張無しにとろけるような風合い, 革の質を鑑みるとやはりトップドロワーと同格と考えずにはいられない、同格としてしかるべきなヴィンテージ個体ならではの切なさと愛しさに満ち満ち未知溢れる本品。

90s Edward Green Semi brogue shoes.
これを切り取る今回の撮影は本当に本当に楽しかった。最期に皆様に強くお伝えしたいのは私にとってヴィンテージなどに携わるこの生業においての定石である “ いくら努力して美しく撮ろうとも、実物はその何倍も美しい ” の法則が本品にもきっちりぴったり当てはまるということ。御期待くださいませ。
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現代に比べ外界環境が整われていなかった1940年以前。塵埃,微塵,砂埃,砂塵,風塵 、外気に紛れるあらゆる種類の土埃からお洋服を護るため重宝された通称 “ Duster coat ” は、紳士の定石的外套として見事にポジションを果たした当時、例えば1920年代、例えばそう、英国において。



あらゆる衣服の上から着用することを目的に仕立てられていたDuster coat、其の外套というのは、基本的には軽やかでなければならないために当時採用されていた御素材の殆どが、リネン、で御座いまして、幸運な巡り合わせを叶える其の殆ども例によって、リネン、で御座いました。というので驚きを隠せない,本作に用いられている「天然木綿」のみの出立ちは、リネンではないから驚きを隠せないのではなく、採用された天然木綿による組成、純一なる此のコットン、それは永い歳月が凝縮された時間的経過による獲得事例、それのみでは説明がつかぬ程に、本来的に備わる潜在性こそおおよその理由であると省察しながらも、此の御素材について簡潔的かつ正直な感想を申し上げますと、あまりにも “良すぎる” のです。ふっくらとしている、柔靭である、人肌に沿う、常温である、月並みな表現で恐縮ながらすべて的を得ております。第二の感想を述べますと、Duster coatとしての当時の採用が、勿体がない、それほど潜在的に素晴らしい組成で御座います。


用心深い者が着ることを許されたような特異的な襟型とタフに付き合えるよう力強く袋縫いされた様子は、用心深いわたくしの心を掴んでは離さないので参ってしまいます。異様な大きさに形成された釦、歪な大きさとランダムな位置を占める4ポケット、それらもまた所有者の人格を表出させるに一躍を担っているのでしょうが、これらエキセントリックな要素を魅力的であると捉える方もまた、風変わりであると申し上げねばなりません。誠に失礼ながら。そうはいってもアームの歪みやフィッティング精査に神経質な(トレーニングが一向に実らない)わたくしも、変わらずビールを止められない福留も現実的に受け入れる懐の深さに関しては、極めて近代的であると記しておきます。温かいクリーム色の全貌も含めて。




New arrival 20s British cotton dustar coat
お洋服において久方振りエントリーが叶いました30s以前のアンティーク。
素晴らしい個体で御座いますので、是非とも御賢察を頂きたく存じます。
SURR by LAILA 小林
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漸く、整いました。
本日より御披露目と致します。
皆様のご来店を心より,御待ち申し上げております。



70s John Smedleys Sea Island cotton middle gauge cardigan


90s Yves Saint Laurent baseball cap tricolor color

90s DELVAUX silk scarf

30s France silk shirt collections “ short & long sleeves ”

early00s Carol Christian Poell leather belt

20s British cotton dustar coat



90s Edward Green, kilt&brogue loafers



70s Lanvin summer tailored jacket
SURR by LAILA 小林
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少しばかり余談を。
わたくしは音楽から遠いところを歩んで参りました。常日頃と聴かないのです。しかしながらファッションの畑では音楽と密接な側面も御座いますため、そしてそのような側面を愛する方達が大勢と居りますもので、幾分、マイノリティに位置するわたくしであると哀しき自負も御座いまして、とはいえわたくし自身、音楽を忌み嫌うというものでは決してなく、なければならない種類の必然事項でもなく、只只、聴かないのです。
そんなわたくしですが、時はたまに、本当に時はたまに、最寄りの蔦屋へ足を運び、アルバムを購入することが御座います。その足を向かわせる原動力は気まぐれとしか謂いようがないのでつまらない話なのですが、例によって音楽から遠いところを歩んできたわたくしがアルバムを購入するに至る理由すらも “ 気まぐれ ” というわけでは当然になく、容赦もなく素晴らしい “ 歌詞 ” こそ気まぐれを上回る明確な理由でして、綿密に構成された言葉のセレクションというのに心を惹かれるわけでして、普段このようにタイプする拙い言葉選びとも違い、あるいは純文学のように500pに渡って繰り広げる壮大な長編構成とも違い、僅か数分の中に想いやストーリーやドラマや人と柄がすっぽりと収まった編集に心を打たれるわけであります。そのようにして購入するわけですが、例によって音楽から遠いところを歩んできたわたくしですので自宅にCDデッキがなく、歌詞カードのみが古びていくのです。お恥ずかしい。
そして先日、購入した奇跡の一枚というのが、福留も申していたように、宇多田ヒカルの新譜で御座いました。音楽とは無縁の道なりでしたが、彼女の曲(歌詞)だけは義務教育中盤辺りより目を落とすようになりまして、情感が静かに生まれていく光景に心を何度も動かされ、その度に、14.5歳の小僧が悟り開いたように女性に近づき(結果は聞かずとも)音楽に慰められるわけでも元気を頂くわけでもなく、ひとり静かに潜考するもんですからこのように歪んだ人格を形成したわけであります。扨措き、この度の新譜も大変に素晴らしい綴りと思います。そして先刻、NHK某番組で作家又吉直樹との対談において彼女が語った今回新譜のタイトル名についての内容が心に残りまして、“落ち”のないこの余談を締めくくる意味でもご紹介したいと思います。一字一句差異はあると思いますがご容赦下さいませ。
Q「初恋」というタイトルについて
A【デビュー20年だし、面白いじゃんそうしよう、と思ったわけではない。
初恋とは、初めて人間として深く関係をもったときがそうであるように、わたしにとっては両親がそうであった。
必ずしも恋ではない。どんな形であれ、対象であれ、むしろ愛のほうでしょう。
それを紐解くため、20年間、テーマはずっと「初恋」かもしれません。】


とある仏アーティスト様が習慣的穿物として最も快適であると認めたコットン&リネンの簡潔的個体は、アーティスト様自身デイリーギアとして,会心の日常活動着として御愛用。

わたくし足を通して驚きました。ヒップ外郭と太腿付近、つまりは膝から上にかけての居心地というのが其れはもう見事なもので、座る,立つ,腰掛ける,歩く,止まる,走る,しゃがむ,四股を踏む、あらゆる運動を助長し、追随せず、習慣物として最も快適であると認めた仏アーティスト様の表現が、強烈な説得力とフィジカルな訴求力をもって、成る程、認識に至ったわけであります。巨大なウエストをドローコードで男性的に絞るフィッティング精査、骨格,体型問わず受け入れられる深い懐、その独特なフォルム、精妙なヒップバランスは、経験則上過去の作品どれにも当てはまらず、あるいはフレンチワークの世界でもミリタリーでも拡散期80年代メゾンの作品でも経験したことがない、あまりにも “心地よい歪み” 。

膝下より急激に絞られたレッグライン、濃厚かつ瞭然たるネイヴィ、驚異的な快適性と共存するこの素晴らしきモダニズム、50年代、ミッドセンチュリー。納豆をこよなく愛する仏アーティスト様は70s某スニーカーを丁寧に合わせておりましたが、このレッグラインを美しいとお認め頂けるならば、あるいは普段我々からあまり申し上げないので異例としてご提案させて頂けるならば、是非とも、お気に入りのレザーシューズを結び合せ頂きたく存じます。
余儀なく、素晴らしいトラウザーと,心より。

New arrival 50s French work cotton & linen comfortable trousers
SURR by LAILA 小林
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この度、勝手ながらご用意をさせて頂きました【Summer trousers】という編集点は、それぞれ異なる方向性に大きく舵が取られた先、完璧別様の成功が収められた個体と漸くをもって考察を終えました。異なる方向性というのは、目的性や作製者的意図による差異、加えて、そもそもステージが異なる上、そもそも作製年代も異なるもんですから、レッグラインのみで完璧別様の成功を語るには不足が過ぎるほど、実相個体そのものの「完璧別様の成功」なわけであります。そしてここでいう “それぞれ” とはおおかた “3種 ” のトラウザーが該当致しまして、希少性を推し量ることすら叶わない某メゾン/ランウェイピースは誠に、誠に、誠に、幸運な出逢いで御座いました。一方、とある仏アーティスト様が習慣的穿物として最も快適であると認めたコットン&リネンの簡潔的個体は、アーティスト様自身デイリーギアとして,会心の日常活動着として御愛用。あるいは米国某社がパリジャンのために提案した60年代,正統的気品、素晴らしき素晴らしきスポーツトラウザー。
いずれも皆様のレッグラインとお心にどっぷり栄養を注いで頂ける個体と、先ずはNewarrival , Summer trousers 、少しばかりでも御愉しみ頂けましたら幸いに想います。特に、とある仏アーティスト様が愛した個体というのは、この度、4本の出逢いが叶いまして、それぞれ同一製法ながら人体に沿わしますとシルエット,フォルム,空間コントロールが見事に異なる4本であるため、ご所望でありましたら、僭越ながら我々からお客様に最適な1本をご提案させて頂きます。

Summer trousers , 7/7(土)12:00〜 御披露目
皆様のご来店を心より、御待ち申し上げております。














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